審判前の保全処分

裁判所手続は一般に長く、家庭裁判所で行われる調停や審判も例外ではありません。ところが、争いの当事者にとって、すぐにでも決めてもらわないと、取り返しが付かない事態というのも時には存在します。

代表的なのは、財産分与の請求が認められそうなときに、相手方が財産を減らす目的でお金を使う、不動産が処分される、口座にある預金を移して隠すなどです。

財産以外にも、例えば親権や監護権で争っているときに、相手方が子を連れ去り逃亡しそうなときは、早急な子の引渡しが必要ですし、婚姻費用や養育費が足りないなら、当面の生活・養育が成り立つように仮払いしてもらいたいでしょう。

このように、調停の成立や審判の確定を待っていては、権利が実現できないおそれや、権利者が重大な損害を受けるおそれがあるなど、早急に対処して欲しい事情があるときは、権利の対象を保全(保護すること)できるようになっています。

この保全を求める処分が、審判前の保全処分と呼ばれる制度です。

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調停でも審判前の保全処分を利用できる

家事事件手続法が施行される前の家事審判法では、審判前の保全処分のために審判を申し立てる必要があり、調停では審判前の保全処分が認められていませんでした。

その結果、調停の最中に事情が変わり、緊急に保全が必要になったときでも、調停を取り下げて審判を申し立てるか、調停を不成立にして審判に移行しなければ、審判前の保全処分申立てができないことになります。

このような手続は煩雑であるばかりか、保全処分の迅速性を欠く要因にもなっていたため、家事事件手続法では、一部の調停でも審判前の保全処分を申し立てられるように改正されました(家事事件手続法第105条第1項)。

調停と審判で差が生まれないように配慮された

審判の対象事件で、なおかつ調停が利用できるのは別表第2事件ですが、別表第2事件で調停が不成立のときは、調停申立てのときに審判の申立てがあったと扱われ、自動的に審判に移行します(家事事件手続法第272条第4項)。

別表第2事件は争いが激しいため、自主的な解決に期待して調停が用意されているだけで、審判に移行する前提があるということです。

このような調停である以上、手続は審判と別でも、保全処分においては調停の申立てを審判の申立てに準じて扱うのが相当であるとし、審判前の保全処分を調停にも認め、調停と審判で差が生まれないように配慮しています。

もっとも、審判から申し立てて職権で調停に付された場合と、調停から申し立てた場合に差があっては、手続上の不備(前者は保全処分が認められ後者は認められない)に該当しますから、是正されたと言っても良いでしょう。

審判前の保全処分の要件

審判前の保全処分は、前提として本案審判が申し立てられていなくてはなりません。本案審判とは、審判前の保全処分が必要になった審判や調停、つまり争いの元になっている審判や調停です。

したがって、審判や調停の申立て前から利用できる手続ではありませんが、審判や調停の申立てと同時に審判前の保全処分を申し立てることは許されています。

審判事件だけが対象

審判前の保全処分における「審判」とは、調停と結びついた特殊な審判である調停に代わる審判合意に相当する審判を含みません。

したがって、審判前の保全処分は別表第1事件と別表第2事件を対象とし、訴訟事項となる一般調停事件特殊調停事件は対象外です。

審判前の保全処分で間違いやすいのは、離婚調停の付随申立てに財産分与請求が含まれており、財産分与対象の保全に仮差押えを必要とする場合です。

離婚調停の付随申立てによる財産分与請求は、別表第2事件の財産分与請求ではなく、一般調停事件の離婚調停となり審判前の保全処分は対象外です。

そこで、離婚前に財産分与対象を保全するためには、人事訴訟(離婚請求)を本案とする保全処分を利用します。管轄は家庭裁判所です。

しかし、離婚訴訟を起こしているわけでもないのに、人事訴訟を本案とする保全処分を利用することに違和感がありますよね?

離婚訴訟は調停前置があるので、離婚調停の申立てが本案の訴えの提起とみなす扱いです。それ以前に、離婚調停前からでも財産分与請求権を被保全権利とする保全命令の申立ては可能です(ただし保全命令後は離婚調停の申立てが必要です)。

離婚後に財産分与請求するときは、別表第2事件として財産分与請求調停・審判を申し立てることができるので、審判前の保全処分を利用します。

保全の必要性

審判事件の中には、権利が存在しても保全が不要な争いも存在します。例えば、年金分割の審判や調停では按分割合(分割割合)を決めますが、按分割合がどうであれ年金記録が消えるわけではなく、年金分割の請求権は失われません。

また、相手方から年金記録を減らすように操作できるわけでもないので、申立人は実害を受けませんし、緊急性も低く保全の必要がない請求権です。

審判前の保全処分が認められるためには、保全が必要だと認められる状況でなければならず、むやみに申し立てても認められるものではないと頭に入れておきましょう。

審判前の保全処分が対象とする事件は後述しますので確認してみてください。

本案審判で権利形成の蓋然性が高い

蓋然性とは確からしさを意味し、権利形成の蓋然性とは、本案審判で申立人の請求が認められ、申立人の権利が形成されるであろう状況が必要となります。

権利形成の蓋然性が問われる理由は、民事事件の保全処分と家事事件の保全処分で、保全対象とする権利(被保全権利)に性質の違いがあるためです。

民事事件の場合、請求権に基づく訴えですから、請求権の存否と権利実現の可能性によって保全処分の可否は判断できます。請求権がないのに訴えていれば、保全処分どころか本案の訴えが却下されるのであり、重要なのは請求権の存在の蓋然性です。

しかし、家事事件の場合、審判や調停の結果で申立人の権利が具体的に形成される性質上、保全処分申立て時には、権利が未形成または未確定の状態もあります。

この状態で、家庭裁判所が保全処分を命ずるためには、本案審判で申立人の権利が具体的に形成される見込み(蓋然性)がなくてはならないというわけです。

担保を必要とする場合もある

審判前の保全処分は、本案審判の確定または調停成立前に命じられることから、見込み違いになると、逆に相手方へ損害を与えるおそれがあります。

したがって、本案審判が確定または調停が成立するまで(保全処分によっては強制執行の着手まで)、担保を立てさせる場合もあります。担保は金銭等の供託によって行われますが、事案によって異なる扱いです。

審判前の保全処分には4つの類型がある

審判前の保全処分は、その対象によって次のように分類されます。

①財産管理者の選任または財産管理・監護等の指示

成年後見開始、保佐開始、補助開始、夫婦財産契約、遺産分割において、事件本人の財産や遺産の管理が必要なときにされる処分です。

家庭裁判所は財産管理者を選任するか、財産の管理を事件関係人に指示します。

また、成年後見開始、保佐開始、補助開始においては、家庭裁判所から事件本人の生活、療養看護に関する指示を事件関係人に対して行います。

②財産上の行為につき財産管理者の後見等の命令

成年後見開始、保佐開始、補助開始において、事件本人の財産の保全のため、特に必要があるときの処分です。家庭裁判所は事件本人へ財産管理者による後見、保佐、補助を命じます。

財産管理者が選任されただけでは、事件本人が財産処分権を失わないため、財産管理者による後見、保佐、補助命令を出すことで、財産管理者は事件本人がした財産上の行為を取り消すことができるようになります。

③職務の停止または職務代行者の選任

親権者、後見人等、遺言執行者による権限の濫用があるとき(権限の濫用があると申立人が疑うとき)に、職務停止や職務代行者の選任をする処分です。

必然的に本案審判は、親権者の指定・変更、親権停止・喪失、後見人等の解任、遺言執行者の解任となります。職務代行者が選任された場合、職務代行者は被代行者と同じ権限を持ちます。

④仮差押え・仮処分その他の必要な保全処分

別表第2事件の多くで利用される保全処分となり、金銭的給付を求める争い、引渡し・明渡し請求、子の監護に関する争いなどで申し立てられます。

仮差押えは説明するまでもないですが、金銭債権の実現(強制執行)が困難になる状況を見越して、相手方の財産を仮に差し押さえてもらうことです。

仮処分には2つあり、係争物に関する仮処分と、仮の地位を定める仮処分です。

係争物に関する仮処分とは、金銭債権ではない権利を保全するため、財産の処分禁止や占有移転禁止を仮に命じてもらうことです。典型的には、不動産が勝手に処分されそうなとき、仮処分によって止める目的で使われます。

仮の地位を定める仮処分とは、本案審判で申立人の請求が認められそうなときに、請求に基づく暫定的な申立人の地位を認め(仮の地位を定め)、それにより仮払いや子の引渡しなどを命じてもらうことです。

仮の地位を定める仮処分は、婚姻費用や養育費といった扶養に関する金銭の給付請求、子の引渡しなど、緊急性が高い多くの事件で使われます。

ただし、仮の地位を定める仮処分は、法律上、著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要なときに限られています(民事保全法第23条第2項)。

審判前の保全処分を利用できる審判事件一覧

別表第1事件保全処分の内容類型
後見開始1財産の管理者を選任、又は事件の関係人に対し、成年被後見人となるべき者の生活、療養看護若しくは財産の管理に関する事項を指示
成年被後見人となるべき者の財産上の行為につき、財産の管理者の後見を受けることの命令
成年後見人の解任5成年後見人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
成年後見監督人の解任8成年後見監督人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
保佐開始17財産の管理者を選任、又は事件の関係人に対し、被保佐人となるべき者の生活、療養看護若しくは財産の管理に関する事項を指示
被保佐人となるべき者の財産上の行為につき、財産の管理者の保佐を受けることの命令
保佐人の解任24保佐人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
保佐監督人の解任28保佐監督人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
補助開始36財産の管理者を選任、又は事件の関係人に対し、被補助人となるべき者の生活、療養看護若しくは財産の管理に関する事項を指示
被補助人となるべき者の財産上の行為につき、財産の管理者の補助を受けることの命令
補助人の解任43補助人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
補助監督人の解任47補助監督人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
夫婦財産契約による財産の管理者の変更等58財産の管理者を選任、又は事件の関係人に対し、他の一方の管理する申立人所有の財産若しくは共有財産の管理に関する事項を指示
仮処分その他の必要な保全処分の命令
特別養子縁組の成立63養子となるべき者の監護者の選任
養子となるべき者の親権者若しくは未成年後見人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
特別養子縁組の離縁64養子の親権者若しくは未成年後見人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
親権喪失、親権停止又は管理権喪失67親権者の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
未成年後見人の解任73未成年後見人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
未成年後見監督人の解任76未成年後見監督人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
遺言執行者の解任106遺言執行者の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
任意後見監督人の解任117任意後見監督人の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
任意後見人の解任120任意後見人の職務の執行を停止
都道府県の措置についての承認127児童の身辺につきまとい、又は児童が通常所在する場所の付近のはいかいを禁止する命令
破産手続が開始された場合における夫婦財産契約による財産の管理者の変更等131財産の管理者を選任、又は事件の関係人に対し、他の一方の管理する申立人所有の財産若しくは共有財産の管理に関する事項を指示
仮処分その他の必要な保全処分の命令
親権を行う者につき破産手続が開始された場合における管理権喪失132親権者の職務(管理権)の執行を停止、又はその職務代行者の選任
別表第2事件保全処分の内容類型
夫婦間の協力扶助に関する処分1仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
婚姻費用の分担に関する処分2仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
子の監護に関する処分(養育費面会交流、子の監護者指定・変更、子の引渡し3仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
財産の分与に関する処分4仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
親権者の指定又は変更8仮処分その他の必要な保全処分
親権者の職務の執行を停止、又はその職務代行者の選任
扶養の順位の決定及びその決定の変更又は取消し9仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
扶養の程度又は方法についての決定及びその決定の変更又は取消し10仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
遺産の分割12財産の管理者を選任、又は事件の関係人に対し、財産の管理に関する事項を指示
仮差押え、仮処分その他の必要な保全処分
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