調停委員会による事実の調査と証拠調べ

裁判官(調停主任)と調停委員2人以上で構成される調停委員会には、調停の運用に関する様々な権限が与えられていますが、その中に、事実の調査と証拠調べがあります。

事実の調査と証拠調べの違いは、民事訴訟法の規定を準用した厳格な手続の証拠調べに対して、事実の調査が自由な方法で行われる点です。

【主な事実の調査】

  • 調停期日において当事者から(必要なら関係者から)事情を聴き取る
  • 当事者に必要な資料の提出を求める
  • 専門家調停委員からの意見聴取
  • 家庭裁判所調査官による調査報告(家事調停)
  • 調査の嘱託

【主な証拠調べ】

  • 証人尋問(第三者から供述を得る)
  • 当事者尋問(紛争当事者から供述を得る)
  • 鑑定(専門家に意見報告を求める)
  • 書証(文書等を調べる、図面、写真、録音テープ、ビデオテープ等も対象)
  • 検証(検証物を直接観察する)
  • 調査の嘱託
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民事調停と家事調停における規定の違い

民事調停と家事調停では、事実の調査及び証拠調べの規定に若干の違いがあります。

民事調停法 第十二条の七第一項
調停委員会は、職権で事実の調査をし、かつ、申立てにより又は職権で、必要と認める証拠調べをすることができる。

家事事件手続法 第五十六条第一項
家庭裁判所は、職権で事実の調査をし、かつ、申立てにより又は職権で、必要と認める証拠調べをしなければならない。
※第二百六十条第一項第六号で調停委員会の権限として準用されている

家事事件手続法で、条文の語尾が「しなければならない」となっているのは、家事事件に職権探知主義が採用されているからです。

親族内の紛争となる家事事件では、紛争解決後にも人間関係が続きますので、裁判所が後見的な立場から司法判断をする必要があり、当事者が主張しない事実についても、職権で探知する(調べる)ことが要請されます。

このような規定ぶりを見ると、少なくとも家事事件では、裁判所が積極的に事実の調査や証拠調べをしてくれるように思えるところ、実際にはそうでもありません。

調停では事実の調査がメイン

裁判(訴訟・審判)は、調査した事実、取り調べた証拠で裁判官の心証が形成され、法律を適用させた司法判断が下される手続ですから、判断の基礎となる確定的な事実認定が不可欠です。

ところが、裁断的な(裁判所が判断を示す)手続ではない調停では、方法に制約がない事実の調査がメインで、厳格な手続による証拠調べはあまり使われません。

それでは、事実認定に支障をきたすように思えますが、調停での事実認定は、裁判のような高度の蓋然性が求められているのではなく、調停委員会(裁判官と調停委員)が正しいだろうとの心証を得られる程度でも、事実とする前提で進められます

蓋然性とは「確からしさ」の意味で、高度の蓋然性とは、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るもの(最高裁昭和50年10月24日判決)と判示されています。

したがって、当事者が真っ向から対立する事実関係を、証拠調べで確定するほどの追及はされず、調停は争いのない事実をベースとした平和的な合意形成に終始しやすいです。

この点は、しばしば批判の的となりますが、一般人である当事者の参加が原則の調停で、裁判に準じた立証責任を負わせるのは手続負担が重く、仕方がないのもしれないですね。

調停における事実認定の必要性

話合いの延長である調停の性質を踏まえると、事実認定をする必要性は乏しいように思いがちですが、決してそうではありません。

仮に、事実認定が全く行われなければ、当事者間で事実の存否に争いがある場合、調停成立の余地がなくなるので、終了する(不成立・取下げ)以外の道が失われます。

争いのある事実の調査を行い、得られた結果から事実を(裁判より緩い確定性であっても)認定し、認定した事実を前提に合意形成を促すことが調停委員会には求められます

事実認定を前提とする場合もある

調停での話合いを尽くしても、当事者の自主的な合意形成が見込めないときは、調停委員会から当事者に調停案が提示されるケースが多いです。

また、調停が成立しない場合に、裁判所は「調停に代わる決定(民事調停)」や「調停に代わる審判(家事調停)」をすることができます。

これらは、いずれも当事者を拘束するものではなく、調停委員会が提示した調停案を拒絶することは自由ですし、裁判所が行う調停に代わる決定・調停に代わる審判は、適法な異議の申立てにより効力を失います(民事調停法第18条第4項、家事事件手続法第286条第5項)。

とはいえ、調停案の提示、調停に代わる決定・調停に代わる審判は、裁判所が妥当と考える和解案を示すのと変わりなく、前提となる事実認定がないと行えないでしょう。

もっとも、当事者間で事実の存否に争いがないケース、例えば、金額の多少や義務の履行方法などで争っている場合は、収集した資料から認められる事実だけで行えます。

調停委員の心証はかなり重要

調停手続は、裁判官(調停主任)が指揮するとはいえ、当事者と対峙する調停委員の心証が、調停委員会での評議や意思決定(決議)に影響します。

調停案の提示はもちろんのこと、裁判所が行う調停に代わる決定・調停に代わる審判においても、調停委員の意見を聴くことが定められていますから、調停委員に「正しいのはこちらの言い分だろう」と思わせることが、調停ではとても重要なのです。

つまり、調停委員の心証を甘く見てはいけないわけで、論理的な説明に苦手意識がある人は、弁護士への依頼を検討する余地があります。

参考カテゴリ:調停と弁護士

事実認定を避けがちな調停運用は誰のため?

くどいようですが、調停はあくまでも当事者による合意形成の手続です。

しかしながら、調停がそのような当事者主体の手続であることを理由に、事実認定をしない、あるいは消極的な調停委員会が存在すると、合意形成の見込みを低くしている可能性は否めません

事実の存否に争いがある当事者は、自分の主張する事実を、裁判所(現実には目の前にいる調停委員)に認めてほしいのが当然の心情で、事実認定に消極的な調停では、雑な言い方をすると役に立たないのです。

しかも、多くの家事事件には調停前置が適用されますので、いやが応にも調停をしなければならないジレンマがあり、さらに、裁判所は職権で付調停(訴訟や審判において調停をさせること)ができます。

当事者に証拠調べの申立権はあるが……

事実の調査及び証拠調べの規定を良く見ると、証拠調べは当事者に申立権があります。証拠調べが申し立てられたら、裁判所は必要と認める範囲で証拠調べをしなくてはなりません。

ただし、たとえ調停で証拠調べが行われたところで、不服がある当事者は、調停を成立させずに裁判(訴訟・審判)で争うことができます。

そうすると、裁判と違って終局的な司法手続ではなく、なおかつ当事者の意向に左右される調停において、厳格な手続で証拠調べをしても徒労に終わる可能性がありますよね。

これでは、紛争の長期化と手続負担の重さのわりに実益(解決)が伴いません。

当サイト管理人の推測に過ぎませんが、調停で証拠調べがあまりされないのは、裁判所と当事者の双方に(訴訟経済的な)メリットが小さい点を考慮した運用だと思われます。

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初めての調停
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