離婚までの過去の婚姻費用は離婚後でも請求できる

過去の婚姻費用を請求するときは、権利者が請求したとき(または婚姻費用分担請求調停・審判の申立てをしたとき)が始期とされます。

婚姻費用は婚姻中の生活費ですから、実際に支払われるかはともかく、不足する分を婚姻中に請求できることは疑いようもありません。

ところが、婚姻中に請求しているにもかかわらず、義務者が支払わないまま離婚してしまったときはどうなるのでしょうか?

つまり、婚姻費用の分担請求権が、離婚によって存続するか消滅するかということです。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

実際に過去の婚姻費用が争われた事案

経緯は次のとおりです。

  1. 夫婦は別居開始
  2. 妻が婚姻費用分担請求調停を申し立てた
  3. その後、離婚調停が成立した
  4. 離婚調停では財産分与の合意はされず、清算条項も定められていない
  5. 婚姻費用分担請求調停は不成立となり審判へ移行した
  6. 未払いの婚姻費用分担金を支払えとする審判がされた
  7. 夫は即時抗告したので高裁で争われた

高裁は離婚で請求権が消滅するとした

高等裁判所は、家庭裁判所の原審判を取り消し、妻からの申立てを却下しました。

その理由として、婚姻費用分担請求権が婚姻の存続を前提とするとした上で、

審判により具体的に婚姻費用分担請求権の内容等が形成されないうちに夫婦が離婚した場合には、将来に向かって婚姻費用の分担の内容等を形成することはもちろん、原則として、過去の婚姻中に支払を受けることができなかった生活費等につき婚姻費用の分担の内容等を形成することはできない

当事者間で財産分与に関する合意がされず、清算条項も定められなかったときには、離婚により、婚姻費用分担請求権は消滅し、未払いの過去の婚姻費用の分担を求める申立ては不適法として許されない。

財産分与で未払いの過去の婚姻費用の清算を求めることは可能である。

としました(上記、原文ではありません)。

過去の婚姻費用については、学説上いくつか類型があるのですが、高裁は、離婚で婚姻費用分担請求権は消滅し、離婚後は財産分与で処理されるべき立場をとっています。

一方、原審の家庭裁判所は、離婚成立後に審判していますから、離婚で婚姻費用分担請求権は消滅しない立場です(過去に遡って婚姻費用の分担額を決定できることには判例があります)。

申立てが却下された妻は、最高裁判所に許可抗告しました。

高等裁判所の家事審判事件についての決定に、最高裁判所の判例と相反する判断がある場合や、その他法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる場合に、高等裁判所が許可する抗告です。

憲法の解釈の誤りがあることや、その他憲法の違反があることを理由とする場合は、許可抗告ではなく特別抗告という手続になります。

最高裁は離婚後にも請求権は消滅しないとした

最高裁令和2年1月23日決定は、「婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない」としました。

裁判例検索:最高裁令和2年1月23日決定

この事案は、離婚成立前に婚姻費用分担請求審判が申し立てられた(※)ケースであり、離婚成立前に婚姻費用分担請求調停・審判の申立てがなく、離婚後に申し立てられたケースではないことに注意が必要です。

※婚姻費用分担請求調停は別表第2事件なので、調停不成立のときは調停申立て時に審判の申立てがあったとみなされて自動的に審判へ移行します。

以下、原文ではありませんので、原文は上記リンクから確認してください。

【高裁】
家庭裁判所の審判によって具体的に婚姻費用分担請求権の内容等が形成されないうちに夫婦が離婚した場合には、原則として、過去の婚姻中に未払いの婚姻費用の分担の内容等を形成することはできない。

【最高裁】
家庭裁判所は過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することができるから、離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできる。

【高裁】
当事者間で財産分与の合意がなく、清算条項も定められなかったときは、離婚で婚姻費用分担請求権は消滅する。

【最高裁】
家庭裁判所が、離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定できることは、婚姻費用の清算を含めて財産分与の請求ができる場合でも異ならない。婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚しても,婚姻費用分担請求権は消滅しない。

高裁が、婚姻費用の分担額が具体的に決まっていなければ、請求権は離婚で消滅すると判断したのに対し、最高裁は、請求権は離婚で消滅せず、離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定できると高裁の判断を否定しました。

当サイト管理人の感想

ずいぶん以前から、婚姻費用の分担額の形成決定は、判決ではなく審判によってなされるべきと判示されていました。

そして、離婚訴訟の認容判決が先行しても、その判決において財産分与に婚姻費用が判断されていなければ、婚姻費用分担請求審判では離婚判決確定までの分担額を過去に遡って決めることができます。

離婚訴訟には、附帯処分として婚姻費用の分担額の決定が認められておらず(財産分与で考慮してもらうことはできますが)、離婚訴訟と婚姻費用分担請求調停・審判が並行することは良くあります。

よって、婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚しても,婚姻費用分担請求権が消滅しないとする最高裁の判断には驚かなかったのですが、注目したのは、財産分与で婚姻費用の清算を請求できるときでも異ならないとしたことです。

これは、過去の婚姻費用に対する分担請求権と、財産分与請求権を別個の請求権として扱い、過去の婚姻費用を財産分与で清算してもしなくても良いことを示唆しています。

この点において、前記最高裁決定はとても重要な先例になると当サイト管理人は考えます。

依然として疑問は残っている

前記最高裁決定においては、離婚前に婚姻費用分担請求調停・審判が申し立てられていることを前提に、離婚によって請求権は消滅しないとされました。

では、離婚前に調停・審判の申立てがなかったらどうなるのでしょうか?

離婚前に申立てがあった時だけ請求権が存続するのは疑問

過去の婚姻費用に対する分担請求権が、離婚前に調停・審判の申立てがあれば離婚後に存続して、申立てがなければ離婚で消滅するとしたら、どう考えてもおかしいと感じます。

なぜなら、財産分与による婚姻費用の清算は、「一切の事情」として判例が認めており実務上も行われてきましたが、正面から請求権を認めてはいないものの、清算可能な債権債務の性質があることは明らかだからです(ゆえに清算条項で否定できる)。

そうすると、離婚後の財産分与では婚姻費用が清算可能にもかかわらず、離婚前に婚姻費用分担請求調停・審判の申立てがないという理由のみで、離婚後に婚姻費用分担請求権が消滅したのでは矛盾が生じるでしょう。

さらに、前記最高裁決定では、過去の婚姻費用に対する分担請求権と、財産分与請求権を別個なものとしています。

したがって、離婚前に申し立てられた婚姻費用分担請求調停・審判が、離婚後にも継続審理される(または財産分与請求調停・審判に併合される)ことはもちろん、離婚後にも婚姻費用分担請求調停・審判の申立てが許されなければ辻褄が合いません。

離婚後いつまで請求できるのか

もうひとつの疑問は、過去の婚姻費用を離婚後に請求できると仮定して、それは一体、いつまで請求可能なのかという点です。

離婚前に婚姻費用分担請求調停・審判が申し立てられた場合は、事件係属中に離婚があったとしても、最終的には審判の確定で何らかの結果が出ますので問題はありません。

対して、離婚後でも婚姻費用分担請求調停・審判の申立てが可能だとした場合、財産分与での清算が認められている以上、財産分与の規定(民法第768条第2項)を類推適用して離婚から2年とすべきなのでしょう。

離婚後において、財産分与での清算と婚姻費用分担請求が、同じ目的であるのに請求できる期間が異なっては、それこそ矛盾するからです。

離婚後に調停・審判を申立て可能なのか

この記事を書いている時点で、前記最高裁決定から2年以上経過しています。

しかし、裁判所のHPを見ても、婚姻費用分担請求調停・審判の案内においては、離婚時にも継続審理するような記載や、離婚後にも過去分を請求可能とする記載は見当たりませんでした。

だからといって、離婚後の婚姻費用分担請求調停・審判の申立てが、完全にシャットアウトされるかというとそうではないはずです。

ちなみに、家事調停委員が購入する「調停委員必携(家事)」という書籍には、

「最高裁判所は、少なくとも離婚によって過去の婚姻費用分担請求権が消滅するとは考えていないと理解できる。したがって、財産分与後に改めて過去の婚姻費用分担の申立てが家庭裁判所になされる場合も予想されるところであって」

との記載があり、これは最高裁昭和43年9月20日判決を踏まえた説明ですから、前記最高裁決定のはるか以前から、離婚後の申立ては予想されていたと伺えます。

少なくとも始期の確定は必須

離婚後に婚姻費用分担請求調停・審判を申し立てるとして、2つのパターンを考えてみます。

  1. 離婚前は請求しておらず離婚後に申立て
  2. 離婚前から請求してきたが未払いなので離婚後に申立て

まず、1の「離婚前に請求していない」パターンについては、離婚後に初めて請求しても既に婚姻関係はなく、婚姻費用の始期がありませんので、調停・審判の申立てはできないでしょう。

次に、2の「離婚前から請求してきたが未払い」のパターンについては、内容証明郵便等で婚姻費用の始期(請求の開始)を立証できるなら、終期を離婚時とした調停・審判の申立ては可能と思われます

婚姻中の調停・審判の申立て以外は、婚姻費用の始期を認めないのはあまりにも硬直的ですし、過去には内容証明郵便によって始期と認定した判例もあります。

財産分与も影響する

婚姻費用の始期が確定しても、それだけで調停・審判の申立てが可能だとは限りません。

離婚時に財産分与が行われていないか、財産分与が行われているときに婚姻費用の清算がされていないことが条件です。

また、財産分与で婚姻費用の清算がされていなくても、離婚協議書等に「お互いに債権債務が無いことを確認した」など、清算条項がある場合は申立てできないと考えましょう。

まとめ

離婚後に過去の婚姻費用を請求するためには、次の条件を満たさなければなりません。

  • 離婚前に婚姻費用分担請求調停・審判を申し立てる

または

  • 離婚前に内容証明郵便等で婚姻費用を請求した証拠を残しており、
  • 離婚後に財産分与をしていないか、財産分与で婚姻費用の清算をしておらず、
  • 当事者間に債権債務が無いことの確認をしていない

結論としては、婚姻費用の未払いがあったら、支払われなくても請求しておくのが大切ということですね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
初めての調停
タイトルとURLをコピーしました