子の引渡しの強制執行に関する規定を定めた民事執行法が、令和2年4月1日に施行されました。
これまで、子の引渡しの強制執行は、動産の規定を類推適用して運用されていたことに様々な批判があったのですが、明文化でどのように変わったのでしょうか。
子の引渡しの強制執行が規定されたとはいえ、現実には必ずしも子が引き渡されるとは限りません。依然として、執行不能で終了してしまうケースは相当数あると思われます。
非常に難しい事案を取り扱う規定だけに、立法時の法制審議会においては熱心な議論がされました。調停に関する法令として重要であるため、この記事では条文を紹介しながら法改正について解説していきます。
※説明長いですが書き切れない部分があるので別記事を予定しています。
子の引渡しの強制執行と子の福祉
先に説明しておきたいのは、子の引渡しの強制執行による実現と、子の福祉についてです。
子の将来にとってよいだろうと考えた裁判所の判断が、子の引渡しを請求する側(以下、債権者とします)による監護であることは、調停・審判・訴訟等を経た債務名義が作成されていることで明らかですよね。
審判前の保全処分においては、本案(調停・審判)で債権者の監護権が形成される前の段階でも、子の引渡しが命じられることはありますが、おおよそ債権者の監護権を認める方向だからこそ子の引渡しが命じられており、最終的には大きく異なりません。
言い換えるなら、子の引渡しを請求される側(以下、債務者とします)から、債権者へ子を引き渡して監護させることが、子の福祉に資すると判断されて債務名義が作成されています。
そうすると、子の引渡しを可能な限り早期に実現する=子の福祉に資するとなるわけですが、強制的な手続だけにそう簡単ではありません。
執行実施で子の福祉を害してはならない
子の将来の幸福を考慮して、裁判所が認めた強制執行だとはいえ、執行実施で子の心身を害してトラウマになってしまうようでは不適切です。
つまり、強制執行後における子の福祉と、執行実施時における子の福祉は分けて考えなければならず、強制執行後の長期的な子の福祉を優先するあまり、執行完了までの短期的な子の福祉を無視してはいけないということになります。
このジレンマがあるため、子の引渡しの強制執行は、いわば正解のない道を模索してきました。
今回の改正で、子の引渡しの強制執行が規定されたことにより、全体の方向性は明確になりましたが、誰もが幸せになる最適解など無いのですから、成熟にはまだ時間がかかるでしょう。
強制執行の方法
民事執行法 第百七十四条第一項
子の引渡しの強制執行は、次の各号に掲げる方法のいずれかにより行う。一 執行裁判所が決定により執行官に子の引渡しを実施させる方法
二 第百七十二条第一項に規定する方法
民事執行法第174条第1項は、第1号で直接的な強制執行(執行官が子の引渡しを実施)、第2号で間接強制(間接強制金の負担を課して子の引渡しを促すこと、同法第172条第1項)のいずれかにより行うと定めています。
債権者の目的は子の引渡しなので、債務者に金銭的な負担を強いるよりも、執行官による子の引渡しのニーズが高いのは言うまでもありません。
ただし、直接的な強制執行は自由に選べるのではなく要件が付されました。
直接的な強制執行の要件
民事執行法 第百七十四条第二項
2 前項第一号に掲げる方法による強制執行の申立ては、次の各号のいずれかに該当するときでなければすることができない。
一 第百七十二条第一項の規定による決定が確定した日から二週間を経過したとき(当該決定において定められた債務を履行すべき一定の期間の経過がこれより後である場合にあつては、その期間を経過したとき)。
二 前項第二号に掲げる方法による強制執行を実施しても、債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき。
三 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき。
条文を簡単にすると、
- ①間接強制の決定の確定から2週間経過後
- ②間接強制では債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められない
- ③子に危険が差し迫っている
のいずれか3通りとなり、間接強制を必須にはしていませんが、間接強制の先行を前提とした規定になっているのがわかります。
これは、直接的な強制執行が、子の心身に与える影響を考慮して、債務者が自発的に子を引き渡す余地を、できるだけ残しておくべきとする考え方です。
もっとも、間接強制金で債務者を心理的に圧迫した結果、子が引き渡されたとしてそれを自発的と呼べるのか疑問ですし、自発的な子の引渡しがされない経緯だからこそ強制執行が申し立てられるのであって、間接強制に懐疑的な意見は多いです。
なお、細かい点ですが、②における条文上の文言が「見込みがないと認められるとき」ではなく「見込みがあるとは認められないとき」となっている点は注目に値します。
なぜなら、見込みがあるとは認められないときには、見込みがある場合以外は全て(見込みがないだけではなく見込みが不明な場合も含めて)該当するからです。
直接的な強制執行は弁護士への依頼を考えたい
今すぐにでも子を引き渡してほしい債権者としては、②または③を理由として間接強制をパスしたいところですが、裁判所に認められるだけの主張が必要です。
どのように理由を説明(申立書に記入)して、どういった証拠を提出するのかは、子が置かれている状況や債務者の態度、これまでにおける経緯などによって異なりますので、法律全般サポートなどを使って弁護士に相談するのが確実かもしれません。
当サイトでは、調停を弁護士に依頼するほど難しくないとしていますが、直接的な強制執行は、事案の性質上、確実性かつ迅速性が求められるので、申立てから弁護士への依頼をおすすめします。
原則として債務者審尋がある
民事執行法 第百七十四条第三項
3 執行裁判所は、第一項第一号の規定による決定をする場合には、債務者を審尋しなければならない。ただし、子に急迫した危険があるときその他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
間接強制では申立ての相手方を審尋しなければならず(民事執行法第172条第3項)、直接的な強制執行においても債務者を審尋するのが原則です。
例外的に、「子に急迫した危険があるときその他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるとき」は、債務者を審尋しなくてもよいとされました。
反論の機会を与える手続保障として、審尋が行われるのは仕方がないともいえますが、債務者の審尋で懸念されるのは、執行の着手が遅れてしまう点と、債務者が子を連れて逃亡するなどして執行できなくなるおそれがある点でしょう。
そもそも、強制執行が申し立てられる前の段階で、債務者の主張は聴取されており、それでもなお債務名義が作成されている経緯を考えると、債務者審尋にどれほどの意味があるのかわかりません。
「子に急迫の危険があるとき」は緊急性が高さから当然ですが、「審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるとき」には解釈の幅があります。
例えば、間接強制の効果に見込みがない場合もそうですし、債務者が故意に執行を妨げようとしていることを察知できた場合も、事情のひとつになるでしょう。
また、重要な注意点として、債務名義が審判前の保全処分によるときは、2週間以内という時間的制約があります(家事事件手続法第109条第3項、民事保全法第43条第2項)。
したがって、審判前の保全処分による直接的な強制執行は、事前準備はもちろん申立てにも不備がないように、必ず弁護士へ依頼すべきです。
執行官ができる行為
民事執行法 第百七十五条第一項
執行官は、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、債務者に対し説得を行うほか、債務者の住居その他債務者の占有する場所において、次に掲げる行為をすることができる。一 その場所に立ち入り、子を捜索すること。この場合において、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすること。
二 債権者若しくはその代理人と子を面会させ、又は債権者若しくはその代理人と債務者を面会させること。
三 その場所に債権者又はその代理人を立ち入らせること。
子の引渡しを実施する執行官には、執行を実現するために様々な行為が認められています。
- 債務者に対する説得(柱書き)
- 債務者の占有する場所へ立ち入って子を捜索、必要なら施錠された戸の解錠(第1号)
- 債権者もしくは代理人と子または債務者との面会(第2号)
- 債務者の占有する場所に債権者または代理人を立ち入らせること(第3号)
また、民事執行法第6条第1項により、執行官は職務の執行に際し受けた抵抗を排除するために、威力を用いることができます。
民事執行法 第六条第一項
執行官は、職務の執行に際し抵抗を受けるときは、その抵抗を排除するために、威力を用い、又は警察上の援助を求めることができる。ただし、第六十四条の二第五項(第百八十八条において準用する場合を含む。)の規定に基づく職務の執行については、この限りでない。
このように、規定だけを並べると、施錠された戸の解錠ができたり(必要なら施錠業者を使って)、抵抗を排除するために威力を用いることができたりと、実力行使で執行できるように思えますが、実際にはそうではありません。
執行官による威力の制限
民事執行法第175条第8項により、執行官は子に威力を用いることが禁止され、子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがある場合には、子以外の者にも威力を用いることが禁止されています。
民事執行法 第百七十五条第八項
8 執行官は、第六条第一項の規定にかかわらず、子に対して威力を用いることはできない。子以外の者に対して威力を用いることが子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがある場合においては、当該子以外の者についても、同様とする。
例えば、債務者にしがみついて離れない子を、威力を用いて引きはがすことができないだけではなく、逃げまどう子を追いかけて捕まえるなど、明らかに子が拒絶している状況が想定されます。
他には、部屋に閉じこもって出てこない子を、無理やりドアを開けて連れて行くことはできるはずもなく、基本的な考え方として、子が拒絶の意思(子が幼いと判断は難しいですが)を示している場合は執行できないということです。
もちろん、子が自由意思で債務者のところに留まることを希望しているなら、その意思に反する執行ができないのはいうまでもありません。
加えて、債務者など子以外の者に威力を用いることが、子の心身に有害な影響を及ぼすおそれがある場合には、子以外の者への威力も禁止されます。例えば、子が見ている前で、債務者が身体を拘束されたら子は心に傷を負うでしょう。
つまり、子の心身に及ぼす有害な影響は、できるだけ軽減することを最優先にしており、行為だけではなく威圧するような発言を含めて許されないと解釈すべきです。
平たくいうなら、直接的な強制執行に「手荒な真似は法が許しませんよ」という規定ですね。
執行場所の範囲
子の引渡しを実施するにあたり、執行場所の問題はとても重要です。
これまでは、改正前ハーグ条約実施法の「債務者同時存在」に準じて、子の引渡しの執行場所は、事実上で債務者の(子と居住している)住居に限定されていました。
子の監護を解くために必要な行為を、子が債務者と共にいる場合に限定するルール。改正前ハーグ条約実施法第140条第3項に規定されており、民事執行法の改正と同時に改正された。
債務者と子の同時存在を要件としているのは、債務者が不在の場で子を債権者のもとに連れていくことが、子の心身に与える影響を考慮したものです。
しかしながら、同時存在を維持すると、債務者が子といなければ執行できないのですから、債務者によって執行できない状況を作り出すことが容易にできてしまい、執行が可能になる場面を狭めているとの批判がありました。
今回の民事執行法改正では、執行官が執行に必要な行為ができる場所を、債務者の占有する場所以外に広げ、執行の実効性を高めています。
民事執行法 第百七十五条第二項、第三項
2 執行官は、子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは、前項に規定する場所以外の場所においても、債務者による子の監護を解くために必要な行為として、当該場所の占有者の同意を得て又は次項の規定による許可を受けて、前項各号に掲げる行為をすることができる。
3 執行裁判所は、子の住居が第一項に規定する場所以外の場所である場合において、債務者と当該場所の占有者との関係、当該占有者の私生活又は業務に与える影響その他の事情を考慮して相当と認めるときは、債権者の申立てにより、当該占有者の同意に代わる許可をすることができる。
債務者の占有する場所以外における要件
債務者の占有する場所以外には、執行官が「子の心身に及ぼす影響、当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるとき」という共通要件があります(以下、相当性の要件とします)。
そして、その場所は誰でも立ち入ることができる公の場所とは限らず、債務者以外の第三者が占有する場所も当然に想定され、占有している第三者の利益の尊重と、執行官が立ち入ることの適法性は確保されなければなりません。
そこで、第三者が占有する場所については、相当性の要件だけではなく、第三者の同意が原則とされました(例外は後述)。
第三者への同意を誰が得るかについては規定がありません。突然執行官が来て同意を求められても、同意を判断できる人が不在のケースもありますので、債権者が事前に同意を得ておくほうが円滑に進むのは確かです。
対して、公道や公園のような公の場所は、誰でも立ち入ることができるため、同意を得る必要はないと考えられています。
子の住居が債務者の占有する場所以外のときにおける例外
第三者が占有する場所での執行は、同意が得られないケースも当然に起こり得ます。典型的には、子の祖父母の住居でしょうか。
第三者の同意を必須要件にしてしまうと、執行可能な場所の範囲が限定されてしまうので、子の住居が債務者の占有する場所以外のときは、執行裁判所が第三者の同意に代わる許可をできるようになりました。
第三者の同意に代わる許可を申し立てるのは債権者です。
許可の要件は、執行裁判所が「債務者と当該場所の占有者との関係、当該占有者の私生活又は業務に与える影響その他の事情を考慮して相当と認めるとき」です。
なお、条文で「子の住居」とされていますので、子が住んでいるとはいえない滞在では許可されないと考えられます(線引きかなり難しいですが)。
子の住居以外での執行における懸念点
子の住居以外で執行場所として考えられるのは、公道・公園など公の場所か、保育所・幼稚園・学校などの施設です。
公の場所については、公衆の面前にさらされますし、屋外での執行は子がパニックを起こして走り出す(逃げ出す)といった思わぬ行動で、転倒によるケガや交通事故まで想定されますので、決して好ましいとはいえません。
また、友人や顔馴染みの人たちの前であることを考えれば、保育所・幼稚園・学校(または敷地内)での執行は、ある程度以上の年齢の子にとって、むしろ公の場所よりも精神的ダメージが大きいでしょう。
さらに、施設内での執行は、同意が得られるのか(誰からの同意を得るのか)という問題もあり、施設側の協力なしにはできないです。
いずれにせよ、他の選択肢がないほど執行の相当性を熟慮して行わなくてはならず、子の住居以外での執行は、子の心身に与える影響に配慮するなら優先されるべきではありません。
債務者同時存在の不採用と債権者の出頭
前述のとおり、民事執行法に明文の規定はなかったものの、ハーグ条約実施法に準じて債務者の同時存在を原則としていたため、実効性の低さについて大きな批判がありました。
債務者が一緒にいることで、子の不安が和らぐことに疑う余地はありませんが、
- 意図的に不存在を作出して執行逃れを容易にしている
- 債務者の激しい抵抗にあって執行不能になりやすい
- 債務者が子に否定的な意見を言わせようとする
- 子が債務者に捨てられたと感じるかもしれない
などの指摘があります。
その一方で、単に債務者の同時存在を不要とした場合、子は知らないおじさん(執行官)に連れていかれるのですから、事情を飲み込めない子には拉致と変わらず恐怖と不安しかないでしょう。
改正民事執行法では、執行実施時に子の心身へ与える影響を軽減させるため、債務者の同時存在を不要としたうえで債権者の出頭を要件としました。
この場合の「出頭」とは、執行現場への帯同を意味するのではなく、執行現場から少し離れた場所で待機することも含まれています。
民事執行法 第百七十五条第五項
5 第一項又は第二項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為は、債権者が第一項又は第二項に規定する場所に出頭した場合に限り、することができる。
ただし、債務者同時存在が不要だからといって、ことさらに債務者の不在を狙って執行するような趣旨ではありません。債務者による自発的な子の引渡しは、最後まで試みたいところです。
つまり、子が債務者といる場面での執行を否定しているのではなく、事案に応じて柔軟な対応ができるようになったと考えるべきでしょう。
債権者の代理人による出頭
民事執行法 第百七十五条第六項
6 執行裁判所は、債権者が第一項又は第二項に規定する場所に出頭することができない場合であつても、その代理人が債権者に代わつて当該場所に出頭することが、当該代理人と子との関係、当該代理人の知識及び経験その他の事情に照らして子の利益の保護のために相当と認めるときは、前項の規定にかかわらず、債権者の申立てにより、当該代理人が当該場所に出頭した場合においても、第一項又は第二項の規定による債務者による子の監護を解くために必要な行為をすることができる旨の決定をすることができる。
債権者が出頭できないのはおよそ考えにくく、子との暮らし・子の将来に関わる重要な局面で、仕事などを理由に出頭できないようでは、これから子を監護させるに値するのかという素朴な疑問まであります。
しかし、債権者と子の関係は必ずしも親密であるとは限りません。
心配なのは、債権者が子と何年も会えずにいた、面会交流が十分に行われてこなかったなど、債権者と子に馴染みがないことで子に精神的な負担を与えかねないケースです。
そのような場面を想定して、子を安心させる配慮から、代理人の出頭でも執行できるようになっています(債権者の申立てにより執行裁判所が判断します)。
この場合の「代理人」とは、弁護士の意味ではないので注意してください。債権者の代わりに出頭することが、子の利益の保護のために相当と認められる存在(子と慣れ親しんでいる親族など)を意味しています。
子の心身に与える影響への配慮
直接的な強制執行により子の引渡しを実現するにあたっては、子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮することが規定されました。
民事執行法 第百七十六条
執行裁判所及び執行官は、第百七十四条第一項第一号に掲げる方法による子の引渡しの強制執行の手続において子の引渡しを実現するに当たつては、子の年齢及び発達の程度その他の事情を踏まえ、できる限り、当該強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮しなければならない。
動産と違い人格のある子が対象である以上、子の引渡しの実現にあたって子の心身に与える影響に配慮するのは規定するまでもないのですが、あえて規定しているのは、直接的な強制執行の底流にある理念の宣言だとも捉えることができます。
末尾に置かれたこの規定には、国家権力による強硬な手段を余儀なくされた状況においても、忘れてはならない大事な部分が表現されているように当サイト管理人は思えてなりません。
なお、法制審議会では「この規律が執行妨害を正当化する根拠となるようなことがあってはならない」と事務当局から説明されていました。