調停委員会(または裁判官)は、調停のために必要であると認める処分を命ずることができ(家事事件手続法第266条第1項)、これを「調停前の処分」といいます。
この処分は、調停終了(成立・不成立・取下げ)までの一時的な仮の処分で、「調停前の仮の処分」とも呼ばれますし、家事事件手続法の前身である家事審判法では「調停前の仮の措置」とも呼ばれていました。
調停前という名称ですが、調停を申し立てる前からという意味ではなく、調停の申立てから調停の終了までの間に限られます。調停前の処分を命じることができるのは、家事調停事件が係属している間と定められているからです。
したがって、調停のために必要で調停中(調停手続の開始後)に命じられる処分です。
調停期日は、1か月に1回程度しかないので、金銭の支払いが発生しそうな当事者は、調停中に財産を処分したり、使ってしまったりするおそれがあります。他にも調停成立で見込まれる内容を、現実的に可能にするには、事前の処分が有効になることもあるでしょう。
調停前の処分が命じられるのは、調停の進行を円滑にするためでもあり、調停成立後では遅きに失すると考えられるような状況が訪れたときです。
調停前の処分の具体例
調停前の処分は、調停のために必要なときに命じられますが、その対象は事件によって様々な範囲になり、特に規定はされていません。規定されていないので応用が効きますし、処分内容はケースバイケースになって調停委員会の裁量しだいです。
民事調停を規定した民事調停法では、調停前の措置(民事調停法第12条)として「相手方その他の事件の関係人に対して、現状の変更又は物の処分の禁止その他調停の内容たる事項の実現を不能にし又は著しく困難ならしめる行為の排除」とされています。
家事調停においても同様に考えられ、平たく言えば調停が進まなくなったり、調停を申し立てた理由が意味のないものにならないようにするということです。例はいくらでも考えられますが、いくつか取り上げてみます。
関係者の困窮した状況を救済する
生活が困窮している状態で、婚姻費用分担請求調停を申し立てたときに、調停成立まで婚姻費用の支払いを待ったのでは、申立人の生活が破綻してしまう緊急の問題を回避するため、婚姻費用の支払いを命ずる場合。
同様の状況は、遺産分割における相続人や養育費請求における未成年の子など、資力を持たない人が事件の関係人なら誰でも起こり得るでしょう。
事件関係人の福祉や安全を確保する
離婚調停で、未成年の子に対し監護者が決まっていない状態が続くと、子にとって著しく不利益になると考えられるとき、一時的にそれまで監護をしてきた者(子にとって良くなければもう一方)を監護者に定め、子を引き渡すように命ずる場合。
また、面会交流調停で子に会わせてもらえない申立人が、強引に子を連れ去る危険があるときに、一時的な面会への協力を命じるケースも考えられます。
履行確保のために財産を凍結する
財産分与や遺産分割など、調停中に対象の財産が処分されたり目録に変更があると、調停そのものの意義が無くなってしまうため、財産の処分禁止を命じる場合。
現在保有している財産だけではなく、将来に発生が確実な財産においても有効で、退職金の受給を禁止し、勤務先に支給を禁止するという内容もあり得ます。
処分は調停の進行を妨げない範囲
調停前の処分によって、それまで調停に出席していた当事者が、感情を荒げて調停に出席しなくなるようでは、調停前の処分は逆効果になってしまいます。
そのため、処分の対象となる相手を反抗的にしてしまうのは不適当で、調停前の処分は慎重に判断されて命じられる性質を持っています。調停前の処分は調停委員会の職権なので、調停委員会がその判断をします。
また、処分の効力が及ぶのは調停中だけです。調停成立だけではなく、不成立でも取下げでも効力を失う点は要注意で、処分の結果、調停が不成立になってしまうようでは元も子もなく、処分してもらう側としても良く考えるべきでしょう。
争いの当事者は、多くの場合に命令等で強制されることを嫌いますから、実務においては、事情を相手に理解してもらい、同意を得て自主的に同等の効果を得られるように、調停委員から説得を試みるということもされます。
調停前の処分に執行力はない
調停前の処分は、あまり多く活用されておらず、それは処分に法的な執行力が無いからです。執行力とは、例えば金銭の支払い処分を命じられた当事者が、処分を無視して放置すると、強制執行(財産の差し押さえなど)を可能にする法的な効力です。
もとより、調停前の処分によって、債権債務の関係が当事者に生じるものでもありません。
したがって、処分を命じられた当事者が応じるとは限らず、残念ながら実効性には乏しいのですが、正当な理由なく処分に従わないと、10万円以下の過料(金銭罰の一種ですが罰金とちがい刑罰ではない)に処されます。
なお、過料による制裁があることは、調停前の処分を命ずるときと同時に対象者に告知され、裁判所命令である性質が心理的にある程度の効果を見込めるとはいえ、それでも執行力がないことを相手に知られると、処分に従わないことも多くあります。
職権で発動されるが上申もできる
調停前の処分は、調停委員会の職権であることは前述のとおりですが、当事者から職権発動を促す上申が可能です。もっとも、この上申は調停や審判の申立書を使い、申立ての趣旨や申立ての理由を記入して行うこともあるので申立てとも言えます。
調停中であればいつでも上申でき、調停の申立てと同時に調停前の処分を求める上申も可能です。実際の調停では、緊急性が高い事案もあって、早急に処分を命じてもらいたいときに利用されています。
執行力を持たないことが、逆に速やかな処分命令を可能にしているとも言えますが、その反面、効果を見込めない可能性を考えると、審判前の保全処分が利用できる事案なら、そちらを申し立てるほうが良いのかもしれません。
ただ、審判前の保全処分を申し立てることで相手方の態度が硬直化し、調停を拒否してしまうようでは、話合いでの解決を望んで調停を申し立てた申立人にとっても、決して良い方向だとは言えないでしょう。
このあたりのさじ加減は、実に難しいところです。
まとめ:調停前の処分
- 調停に必要と調停委員会が認めたときの処分
- 調停中のみ効力を生じる
- 調停前の処分には執行力がない
- 処分に従わないときは10万円以下の過料
- 当事者から処分を求めることもできる