財産分与で譲渡所得税が課税されるのはなぜ?

最終更新日:2022/12/18
財産分与を不動産や株式など現金以外で行うと、財産を分与した側に譲渡所得税が課せられる可能性があります(絶対ではありません)。

財産を分与された(受け取った)側ではなく、財産を分与した(渡した)側である点はとても理解されにくいのですが、とにかく譲渡所得税の対象は財産分与した側です。

譲渡所得税とは

資産を譲渡して差益(譲渡所得)があると課税される税金。譲渡所得に対する所得税と住民税が譲渡所得税と呼ばれる(譲渡所得税という税金の種類ではない)。

もちろん、譲渡所得は譲渡した側に発生する所得なので、課税するとしたら財産分与した側しか考えられないのですが、なぜ課税されるのでしょうか?

この記事では、財産分与と譲渡所得の関係を解説していきます。

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譲渡所得税の課税根拠となった財産分与の判例

結論をいえば、財産分与に譲渡所得税が課税されるのは、最高裁の判決によるところです。

財産分与に関し右当事者の協議等が行われてその内容が具体的に確定され、これに従い金銭の支払い、不動産の譲渡等の分与が完了すれば、右財産分与の義務は消滅するが、この分与義務の消滅は、それ自体一つの経済的利益ということができる。したがつて、財産分与として不動産等の資産を譲渡した場合、分与者は、これによつて、分与義務の消滅という経済的利益を享受したものというべきである。

財産分与で財産を渡した側は、むしろ財産を失っているのに経済的利益を受けた?

離婚相手に財産を売ったわけでもなければ、財産分与で儲かってお金が手に入るわけでもないのに、資産を譲渡したと扱われて譲渡所得税の課税対象です。

これだけではわからないと思いますので、例を使って考えてみましょう。

財産分与義務の消滅と譲渡所得

夫婦の共有財産:夫名義の不動産、時価2,000万円、購入時1,500万円
財産分与の割合:夫、妻ともに1/2

夫婦の共有財産が時価2,000万円、夫には妻へ1,000万円の財産分与義務が生じており、夫名義の不動産から、妻に持分1/2(時価1,000万円)を移転して財産分与しました。

夫から持分1/2を妻に渡すことで、1,000万円の財産分与義務は消滅したのですが、この不動産は購入時1,500万円ですから、夫は1/2である購入時750万円相当の分与で、1,000万円の財産分与義務を消滅させています

したがって、250万円の差益に譲渡所得税を課税するのが税務上の扱いです。

理屈としては、1,000万円の分与義務に対し、購入時750万円相当の持分を渡すことで済んているため、差益だといわれたらそうかもしれませんが、どうにも納得しにくいですよね。

不動産を換価して現金で分与した場合

夫から妻へ持分1/2(時価1,000万円)を分与するのではなく、持分1/2を先に売却して、現金1,000万円を妻に分与したと仮定します。

この場合、購入時750万円相当の持分を、1,000万円で売却したことによる差益250万円には、譲渡所得税がかかっても疑問を持つ人はいないでしょう。

そうすると、持分を換価して現金で分与した場合と、持分で分与した場合に差があっては整合性が保てなくなり、財産分与で譲渡所得税が課税されるのも納得できるでしょうか。

ちなみに、夫が不動産全体を売却して、現金2,000万円のうち1,000万円を妻に分与すると、夫の譲渡所得は500万円になって税負担が増えます。

財産分与は資産の譲渡なのか問題

財産分与は、夫婦の共有財産について、離婚を機にお互いの不公平を解消するものです。夫婦の協力によって形成された財産は、対外的な名義が単独でも、全て実質的な共有財産として財産分与の対象とされます。

ただし、財産分与が起こるのはあくまでも離婚があるからで、婚姻中における財産の帰属は問題になりません。離婚時に財産の帰属が不公平であるとき、初めて分与の必要性が表面化する性質を持っています。

問題はここからですが、財産分与で財産の所有権に移転があるとして、はたしてそれは譲渡なのかどうかです。譲渡でなければ、譲渡所得税を課税する根拠はなくなります。

財産分与の解釈には二通りある

財産分与の解釈には二通りあって、夫婦の財産を「分割する」のか「分与する」のかです。両者の違いは、譲渡所得税の根拠における重要なポイントです。

先ほどの例では、離婚前は夫の単独名義だった不動産(時価2,000万円)が、夫1/2・妻1/2の持分による共有名義(互いに時価1,000万円)となりました。

この例において、分割説と分与説では次のような解釈になります。

分割説での解釈

分割説は、夫婦の協力で得た財産に、潜在的な夫婦それぞれの持分が生じている前提で、離婚時に潜在的な持分を確定させる考え方です。

婚姻中に購入した夫名義の住宅2,000万円には、妻の潜在的な持分1,000万円分があるとして、離婚時に顕在化した妻の持分1,000万円分を、夫名義から妻名義に変更します。

持分1,000万円分は、夫から妻に分与されたのではなく、元から潜在的に妻の持分であり、住宅を本来あるべき持分で分割しただけと考えます。

分与説での解釈

分与説は、名義が単独の財産を特有財産とし、離婚時には財産的な不公平を解消するために、夫婦の貢献度を考慮して分与する考え方です。

夫名義2,000万円の住宅は、あくまでも夫の特有財産ですが、財産形成に貢献のあった妻と公平にするため、夫に1,000万円の分与義務が発生します。

住宅の持分1,000万円分を、妻に名義変更することで、夫は分与義務を果たします。

分割説に立てば譲渡にはならない

分割説では、夫婦の協力で婚姻中に得た財産を、双方の潜在的持分による共有物と捉え、名義は形式的なものと考えます。

分割説での財産分与は、お互いの持分を確定させるに過ぎないのであって、譲渡という考え方がありません。譲渡ではないとすれば、譲渡所得税の課税根拠も失われます。

しかし、分割説の場合には、夫婦の協力で得た財産はお互いに持分があると考えるため、財産分与の対象になる財産の全てを持分に応じて分割しなければならず、財産分与が煩雑になります。

それでは合理性に欠けることから、お互いの持分を相殺して調整することで、資産移動を最小限にするのですが、一方の単独名義になっている財産が、他方の単独名義に変わる移動も起こるでしょう。

そのような資産移動でも譲渡にならないと考えられるかどうか、解釈しだいとなってしまう問題があるとはいえ、裁判所は財産分与を分割説で考えてはいません。

分与説では譲渡とみなされる

分与説の場合は、民法の夫婦別産制を貫き、婚姻中に夫婦の協力で得た財産であっても、名義どおりの特有財産として扱います。

しかし、夫婦の協力で得た(名義が単独の)特有財産を、離婚時には実質的な共有財産として財産分与の対象にすることで、夫婦の協力で形成した財産総額は変わらず保たれます。

参考:夫婦の共有財産と特有財産~財産分与と夫婦別産制

そして、財産総額からお互いに分けるべき財産の金額を決め、その金額と現に保有している財産が不均衡であれば、過分な側から不足している側に分与義務が発生します。

その結果、分与者から被分与者にされる分与は、分与義務の消滅を対価とする譲渡であるとみなされます。

前述の最高裁判決では、資産の譲渡を「有償無償を問わず資産を移転させるいつさいの行為をいうものと解すべきである」と判示されています。

財産分与した財産の取得費と、分与した額に差益があれば、譲渡所得税が発生するわけです。

財産分与と譲渡所得の居住用財産3,000万円控除

譲渡所得には、様々な特別控除が認められており、一般家庭で関係するとすれば、居住用財産(マイホーム)の3,000万円控除でしょう。

参考:マイホームの財産分与は離婚後のほうがお得?

財産分与の譲渡所得で居住用財産の3,000万円控除を使うときは、以下に注意してください。

離婚するまで使えない

居住用財産の3,000万円控除は、譲渡の相手が配偶者では使えません。

離婚後、他人となった元配偶者に、財産分与でマイホームを譲渡すると適用できますが、離婚に先行して、実質的な財産分与を目的とした譲渡をしても控除できないということです。

分与者が別居してからの日数

居住用財産の3,000万円控除では、住まなくなった日から3年経過する日の年末までに譲渡していることがひとつの要件です。

財産分与をする側が、離婚前からマイホームを出て別居していると、その期間によっては上記の要件を満たすことができなくなります。

財産分与での譲渡所得と錯誤の主張

最後になりますが、譲渡所得が財産分与する側に発生するという一見不可思議な税務上の扱いは、なかなか理解を得られないばかりか、一般に広く知られているとは到底いえません。

財産分与してから譲渡所得税の課税に気づいた場合、錯誤を理由に譲渡所得の発生源となった財産分与を無効にできるのでしょうか?

錯誤が認められた判例はあるが…

夫が所有する土地・建物を妻に財産分与した結果、夫に2億円近いの譲渡所得税が生じた事案で、夫は自分に譲渡所得税が課せられると知っていたら財産分与しなかったと、錯誤を主張した訴訟が過去にありました。

夫が自分に譲渡所得税を課せられると知らなかっただけではなく、妻も自分に課税されるものと理解していたことがうかがわれる事案です。

第一審、高裁は夫の請求を棄却し、最高裁(平成元年9月14日判決)まで争われたのですが、最高裁は「錯誤がなければ本件財産分与契約の意思表示をしなかったものと認める余地が十分にある」として差し戻し、最終的には控訴審で夫の請求が認められました。

極めて高額な譲渡所得税だったことも、差し戻された理由のひとつではありますが、当然ながら全ての事案で錯誤が認められるはずもありません。

調停では譲渡所得の可能性を当事者に助言している

財産分与請求を含む離婚調停、財産分与請求調停においては、当事者が税法上の知識に乏しいことを前提にして、分与者に譲渡所得が発生する可能性を助言する運用がされています。

もっとも、調停委員は税務の専門家ではありませんから、保有財産が高額な夫婦は、自ら税理士等の専門家に相談しておくべきでしょう。

あとがき

財産分与では、現金以外の全ての財産の時価を求め、価値で分けていくのが本来の方法です。とはいえ、全ての財産の時価を求めるほど厳密には行われないのではないでしょうか。

例えば、離婚相手に住宅を渡して自分は現金や車を取るなど、お互いが希望している財産をアバウトな価値観で分けて問題ありません。財産目録まで作り、何がいくらの価値で誰に分与するのか記録する夫婦は少ないはずです。

しかし、財産分与での譲渡所得の計算では、分与された財産を時価で譲渡したとみなすので、譲渡所得税の発生にはくれぐれも気をつけてください。

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