調停の主な関与者である裁判官、裁判所書記官、調停委員の中で、調停委員だけは忌避(当事者の申立てで事件から外れること)の規定が設けられていません。
ただし、除斥(当事者と関係のある場合に事件から外すこと)は、家事事件手続法でも民事調停法でも規定されています。
除斥の規定があるのは、調停委員に弁護士等の法曹界の人間ではない民間人が多く、地方だと調停委員が当事者と血縁や顔見知り、利害関係者というケースは十分にあり得るからです。
忌避や除斥という言葉に馴染みは薄いですが、除斥は公平の面から当然だとしても、調停の利用者にとって忌避があるかどうかは大きな違いです。
調停の当事者は調停委員を選べないので、不公平な調停委員が担当になると、イライラするだけで少しも話合いが進みません。
相手方と(間接的に)話すための調停のはずが、気付けば調停委員と話すための調停になってしまうほど、当事者と直接対応する調停委員の存在は重要なのです。
家事調停委員の忌避は検討された
家事事件手続法の制定前に、家事調停委員の忌避について、弁護士会等の意見も交えて検討された経緯があります。しかし、実際には忌避制度の導入は見送られ、除斥だけの規定に留まりました。
忌避が規定されなかった理由には、調停という制度が、訴訟のように理非・善悪を判断して決める「裁断作用」が働くものではない点が大きく影響しています。調停は話合いによって行われるため、当事者は調停委員の意見に強制まではされません。
調停委員は、事件の解決のために当事者を説得することはあっても、当事者を従わせることはできず、あくまでも当事者が受け入れるかどうか判断していきます。
ですから、調停委員の意見に不満があっても、当事者は単に承服しないだけでよく、申立人は調停を取り下げることも可能なため、忌避制度を導入するほどではないとされたようです。
なお、民事調停について規定した民事調停法は、家事事件手続法よりも前に制定されていますが、民事調停委員においても、家事調停委員と同様の見解で忌避がないと考えて差し支えなく、調停委員全体に対して忌避制度は導入されていません。
忌避制度への主な意見
調停委員に対する忌避制度の導入には、積極的な意見も消極的な意見もあります。
賛成:調停委員は重要な立場にある
調停委員は調停委員会の一員であり、評議の際には一票を持っていることから、調停の成立・不成立に深く関与し、当事者が不満を持つ調停委員でも調停委員会の決定に関わる以上、除斥や忌避は必要である。
賛成:調停は合意の制度である
合意によって成り立つ調停という制度であるのに、手続を進行させる裁判所職員は、当事者の合意によって決められないのはおかしい。
賛成:他の裁判所職員との均衡
裁判官や裁判所書記官には忌避があるのに、調停委員だけ忌避を不要とする理由がない。
反対:調停委員は民間人
調停委員は民間人からの選出で、常勤の裁判所職員と違って、そもそも除斥や忌避について公正さを守るための当然の制度として認知されていない。忌避制度があることで、当事者に対して心理的に委縮とまでは言わなくても、調停委員の精神的な負荷が大きすぎる。
反対:忌避制度の濫用
忌避の申立てができるようになると、濫用することで調停を引き延ばす方法が、早く解決したい当事者にとって不利益になる。
反対:主観的な調停委員の選択
忌避によって不満のある調停委員を排除し、都合の良い調停委員にすることは許されるべきではない。
調停委員の忌避制度を考えてみる
上記のように、賛成意見も反対意見も一理あって、なかなか難しい問題です。
まず、はっきりしているのは、問題なく運用できるなら忌避制度はあった方が、利用者視点では好ましいという点でしょうか。調停委員に不満を持つ利用者は多く、正当な理由で忌避を申し立てたいのに、制度がなけれは方法もないからです。
実際のところ、なぜ調停委員でいられるのか不思議なくらい非常識で、どう考えても時代にそぐわない意見を押し付けてくる調停委員が実在するのは事実です。これは、裁判所全体への不信感にも繋がってしまいます。
また、公平さに疑いを残したまま合意形成を目標にしていくのは、当事者にとっても良くないですし、裁判所としても避けたいはずです。それでも忌避の導入が見送られたのは、やはり運用面に課題を残したことが大きいでしょう。
性善説に立てば、調停委員の忌避制度があっても問題ないのですが、実際の調停は悪意に満ちた当事者の駆け引きもあって、本来あるべき制度として利用されるとは限りません。
調停戦略として(調停を引き延ばす方法として)忌避が申し立てられるおそれもあり、申し立てる理由の合理性を家庭裁判所が毎回判断するのは、調停の進行に支障をきたす可能性を高めます。
簡易却下制度を設けて、忌避による遅延を回避できるとした意見もあったのですが、取り入れられることはありませんでした。忌避制度の必要性は感じていても、当事者が調停委員の意見に縛られない点も踏まえ、総合的な観点から見送られたといったところでしょうか。
実際には裁判官のケアがある
調停においては、調停委員会を構成する裁判官によって指揮され、当事者からのクレーム(もしくは担当の裁判所書記官から報告)があれば、裁判官が事実確認や調停委員への指示、調停の場に同席するなど実務でケアをしています。
調停委員への指示も行える立場の裁判官がいることによって、当事者の不満の受け皿として、一定の機能は果たしているとも言えるでしょう。
そもそも、民間から調停委員を入れているのは、忌避の規定もある常勤の裁判所職員だけでは、公正であっても法的な解釈に基づく判断に偏ってしまう恐れがあるためです。
その柔軟性が、調停のメリットでありデメリットでもあるわけですが、調停委員について裁判所に抗議することが禁止されているわけではありません。
調停委員に大きな不満があるなら、担当の裁判所書記官に相談したり、弁護士に依頼済みなら弁護士から抗議してもらったりする方法は残されています。比較的効果もあるようなので、検討してみてはどうでしょうか。