人身保護請求による子の引渡し

人身保護請求による子の引渡し請求は、人身保護法を根拠法とする民事訴訟手続で、従来は良く使われていた手法です。最近では、家事事件手続法による子の引渡し調停または審判、ならびに審判前の保全処分が活用され、人身保護請求は減っています。

子の引渡し請求が家事手続に移行したのは、元来、家庭裁判所で処理すべき事件である特性もさることながら、人身保護請求が認められる要件に解釈の変更があったこと、家事手続によっても迅速に事件を処理できる体制が整ったことも理由です。

人身保護法には、不当な子の拘束という緊急性の高い状況に対し、子の保護を第一目的とする人身保護請求者にとって、迅速性に優れた規定が数多くあります。

人身保護請求の根拠は不当な人身の拘束

人身保護法第2条では、正当な手続によらず身体の自由を拘束されていれば、救済を請求できると規定されており、これが人身保護請求の根拠であり要件です。

人身保護法 第二条

法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、この法律の定めるところにより、その救済を請求することができる。
2  何人も被拘束者のために、前項の請求をすることができる。

第1項では、救済を請求できるのが「身体の自由を拘束されている者」となっていますが、拘束された子が自ら請求することは現実的ではなく、第2項の規定により、子のために父母や親族などが請求することになります。

身体の自由は誰にでもある

たとえ子が幼く、自分で意思表示ができないとしても、身体の自由は万人が持っている人権と考えられています。したがって、子を不当に拘束する行為は言うまでもなく、子を監護する行為であっても、身体の自由を拘束していることになります。

ただし、法律上正当な手続であれば救済を請求する対象とならず、監護者が子を監護するのは、監護権に基づいた正当な行為ですし、警察が被疑者を逮捕して身柄を拘束するのも、当然に正当な行為です。

しかし、監護権を持たない者が、子の意思に反して又は監護者の同意を得ずに子の身体を拘束すれば、それは不当な拘束ですから、人身保護請求の対象となるわけです。

人身保護請求の迅速な手続

人身保護請求は準備調査手続、人身保護命令と審問期日、人身保護判決と進んでいきます。裁判所は、人身保護請求について速やかに裁判しなければならず(人身保護法第6条)、審理および裁判は他の事件に優先されます(人身保護規則第11条)。

遅延を防ぐため、除斥や忌避の申立てによっても手続は停止しません(人身保護規則第13条)。移送や移送申立ての却下があっても、不服申立ては許されず(人身保護規則第14条)、他の訴えと併合できません(人身保護規則第15条)。

つまり、人身保護をするための裁判所手続を遅らせる要因は、人身保護請求の特性を考慮して排除されていると言えます。

準備調査手続

適法に人身保護請求がされると、裁判所は審問期日の準備調査を始めます。準備調査とは拘束者、子、請求者(または代理人)、その他事件関係者で拘束の事由その他の事項について、必要であると認める者に対する審尋です(人身保護規則第17条)。

要するに、子の拘束の事実確認と、事情を知っている者への聴取ということになりますが、この準備調査は請求後「直ちに」行われます(人身保護法第9条第1項)。また、裁判所は必要なら仮処分をすることができます(人身保護法第10条第1項)。

準備調査の時点で、裁判所が関与しているとを知った拘束者が、態度を軟化させて和解することは多くあります。子の引渡しだけではなく、面会交流の調整がされたり、親権者変更・監護者指定などを家庭裁判所に申立て、子に関する紛争の本質的な解決を図る合意をしたりと、人身保護請求が不要になるケースです。

なお、不当な子の拘束が明白であるときなど、準備調査を必要としなければ、裁判所は直ちに人身保護命令を出すことも可能です(人身保護規則第18条)。

人身保護命令と審問期日

人身保護命令は、人身保護法第12条に規定されており、非常に重要な内容です。

人身保護法 第十二条

第七条又は前条第一項の場合を除く外、裁判所は一定の日時及び場所を指定し、審問のために請求者又はその代理人、被拘束者及び拘束者を召喚する。
2  拘束者に対しては、被拘束者を前項指定の日時、場所に出頭させることを命ずると共に、前項の審問期日までに拘束の日時、場所及びその事由について、答弁書を提出することを命ずる。
3  前項の命令書には、拘束者が命令に従わないときは、勾引し又は命令に従うまで勾留することがある旨及び遅延一日について、五百円以下の過料に処することがある旨を附記する。
4  命令書の送達と審問期日との間には、三日の期間をおかなければならない。審問期日は、第二条の請求のあつた日から一週間以内に、これを開かなければならない。但し、特別の事情があるときは、期間は各々これを短縮又は伸長することができる。

第1項と第2項で、審問期日に子を出頭させることを拘束者に命じる規定があります。これが人身保護命令で、第1項の「第七条又は前条第一項の場合」とは、請求の却下や請求の棄却なので、適法で理由のある請求なら人身保護命令が発せされます。

人身保護命令書は、拘束者に確実に送達されなければならず公示送達が利用できません(人身保護規則第24条第2項)。命令に従わないときは、裁判所は拘束者を勾引または勾留すること、過料の制裁ができます(人身保護法第18条)。

後者の過料はともかく、前者の勾引または勾留は拘束者の拘束ですから有効性が高く、子の救済を妨害した者も罰せられます(人身保護法第26条)。

そして、審問期日が請求から1週間以内、命令書の送達から審問期日までが3日とされているため、請求から数日で人身保護命令による命令書が送達され、1週間後には拘束者と子が裁判所に出頭することになります。

人身保護命令以降は裁判所が子の監護を指揮する

人身保護命令書が拘束者に送達されると、子は裁判所の支配下に置かれます(人身保護規則第25条第1項)。この場合でも、裁判所の指揮により子の監護を行うのは拘束者ですが、前述の通り、拘束者は審問期日に子を出頭させる義務を負います。

また、裁判所は必要があると認めるときは、適当であると認める場所へ子の移送を命じることができ、移送を受けた者に監護させることができます(人身保護規則第25条第2項)。しかしながら、人身保護命令による強制執行までは期待できません。

審問期日に拘束者と子が出頭すると、子が幼ければ裁判所職員が預かります。審問では請求者の陳述と拘束者の答弁、疎明資料の取調べがされ、拘束者は拘束の事由を疎明します(人身保護法第15条)。

人身保護判決

人身保護請求では、審問終結から5日以内に判決を言い渡します(人身保護規則第36条)。しかし、拘束者から請求者への子の引渡しが、円滑に行われるとは期待できず、審問期日を繰り返した際に、裁判所による子の身柄確保も毎回容易とも限らないため、審問を初回で終結させ判決を言い渡すこともあります。

つまり、出頭して裁判所職員が預かった子を、請求を認容する判決なら請求者に、請求を棄却する判決なら拘束者に引き渡す流れです。この方法で、実態として拘束者から請求者への子の引渡しが実現され、子は裁判所の支配下から外れます。

しかし、人身保護命令で裁判所が子の管理を開始し、人身保護判決による子の引渡しで管理が終了する考えでは、現に裁判所の支配下にある子を、請求者に引き渡すに過ぎないため、判決が拘束者に子の引渡しを命ずる性質ではなく(つまり給付の性質がなく)、判決があっても債務名義にはならないと解されています。

子が判決時に出頭していれば問題はありませんが、子が出頭していないと引渡しが実現できず、子の救済に繋がりません。人身保護法の目的である、不当に奪われた人身の自由の回復が達成できないので、強制執行を認めるべきとする異論もあります。

人身保護請求の要件と解釈の変化

人身保護法第2条第2項で規定されているように、不当に拘束されている子の救済は、理由があれば誰でも請求できることになっています。

理由があればというのは、拘束に顕著な違法性があり(人身保護規則第4条)、子の自由な意思に反していない(人身保護規則第5条)ことです。子が自ら望んで拘束者の下にいるときは、人身保護請求は認められません。

子が幼い(概ね10歳程度まで)と、自らの意思を表明することができず、幼児の監護にはどうしても強い拘束が伴います。そこで、拘束に違法性がある場合は、人身保護請求を認めてきた経緯がありました。

子の監護権者が子を監護することに違法性は当然なく、非監護権者が特別な事情もない状況で、子と監護権者の意思に反して子を拘束していると、監護権を妨害している又は権限外の行為として、違法性を問われることには争いがないでしょう。

しかし、共同親権にある夫婦が別居して子の奪い合いをしているケースでは、人身保護請求が制限されるように変わっていきました。

夫婦間の人身保護請求と拘束者の違法性

監護は子のためにされるものであり、裁判所の判断は、夫婦のどちらに監護させるのが子の幸福に適するかという基準でされていました。この場合、親権や監護権によらず、子の幸福に照らし合わせて人身保護請求の許否を決める基準としていたのです。

その後、平成5年に最高裁でされた判決で、共同親権にある夫婦では、一方による子の監護は親権に基づき適法であるから、顕著な違法性によって人身保護請求をするには、拘束者による監護が明白に子の幸福に反することを要する見解を出しました。

つまり、夫婦の監護に差がない場合はもちろん、多少の差があったとしても、子の幸福に反する明白な事情がないと、人身保護請求を認めない方向になったと言えます。

子の監護者の指定が重要

絶対要件とは言えませんが、監護能力の比較では人身保護請求が認められにくいことを踏まえると、違法性を訴えるためには監護権があるかどうかはポイントです。

別居中でも夫婦であれば共同親権ですから、子と暮らせない一方の監護権が事実上で失われていても、行使できないだけで権利としては夫婦の両方が監護権を持ちます。

この状態では、子の連れ去りが起こったときに、拘束者にも監護権があるため、子を奪われた親からの人身保護請求が認められない、いわゆる「奪った者勝ち」になってしまう可能性が高いでしょう。

したがって、権利面での違法性を主張するには、家庭裁判所で子の監護者に指定されているかどうかは重要です。監護者が非監護者に対して行う人身保護請求のほうが、認められやすいのは明らかだからです。

子の監護者が決められていない場合、新たに調停や審判で決めるので、子の引渡しも併せて家庭裁判所手続で請求することになります。

夫婦間の人身保護請求が認められた基準

子の奪い合いは、判断の容易な事案が少ないので、1つの基準が万事に適用されるとは限りません。顕著な違法性や子の幸福に反する明白な事情として、過去に示された基準には次のようなものがあります。

子の引渡しの仮処分や審判に従わない
審判前の保全処分や審判で子の引渡しが命じられ、拘束者が親権や監護権の行使を制限されているのに、依然として子を引き渡さないとき。類型として、調停委員会が関与して決められた、子の一時的な預かりや面会交流を無視した場合も同様です。

子の監護状況に問題がある
拘束者による子の監護では健康を損なう、満足な教育を受けられないなど問題があるのに対し、請求者に監護させれば子の生活が安定するとき。

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