偽装婚姻・偽装縁組による氏の変更の悪用

私たちが苗字として使っている氏は、やむを得ない事由があれば家庭裁判所の許可を得ることで、変更する手続が用意されています。

個人の特定において氏名が重要視される社会では、良くも悪くも氏の変更がとても大きな影響力を持っているのは周知の事実でしょう。

ところが、家庭裁判所の許可を得られない場合でも、婚姻・縁組によって氏が変動する民法の規定を悪用し、意図的な氏の変更が行われている現実をご存じでしょうか?

これは由々しき問題ですが、婚姻・縁組は届出によって効力が発生すること(民法第739条、同法第799条)、市区町村の窓口には書類上の形式的な審査権しかないことを考えると、容易には止められません。

この記事は、間違っても制度を悪用した氏の変更を推奨するものではなく、犯罪行為がまかり通っている実態を知ってもらうためのものです。

また、ここで言う悪用とは、不当な利得を目的に第三者を騙す悪意ある利用であって、夫婦同氏制度や嫡出制度に不利益を受ける人が、その解消のために婚姻・離婚するケースを含みません。

偽装婚姻と氏の変更

偽装婚姻が事件として多く報じられるのは、外国人が在留資格を得る目的で日本人と婚姻するケースです。

不法な在留資格の取得がないように、出入国在留管理局(旧入国管理局)が厳密に審査しており、警察と連携して取り締まりが強化されています。

外国人との偽装婚姻には、日本人が外国姓に変更する目的で行う可能性もあるとはいえ、どうしても外国姓に変えたい以外で、わざわざ出入国在留管理局が関与してくる方法を選ばないでしょう。

その一方、日本人同士の偽装婚姻は、別人だと思わせて借金をした例や、運転免許証を取得した例などありますが、報じられているのはごく少数だと思われます。

婚姻が真正かどうかの判断は難しい

婚姻が有効に成立するためには、当事者に婚姻する意思を必要とします。この婚姻意思とは届出自体の意思では足りず、最高裁によれば「真に社会通念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」とされます。

したがって、氏を変更する目的での婚姻は、夫婦であると認められる関係の設定を欲しているのではなく、氏の変動という婚姻の効力を得るための手段に過ぎない無効な婚姻です。

ところが、冒頭で触れたとおり、市区町村の窓口には婚姻届に形式的な審査権しかありません。在留資格の関係から、出入国在留管理庁が調査する外国人との婚姻と、何も調査されない日本人同士の婚姻では大きく異なっています。

つまり、偽装婚姻かどうかは「当事者のみぞ知る」なのです。

なお、他人と勝手に婚姻しようとしても、届出時に本人確認ができなかった当事者には、受理通知書が送られて発覚することになりますが、当事者が共謀している偽装婚姻では無意味でしょう。

偽装婚姻でも婚氏続称できてしまう

たとえ偽装婚姻でも、婚姻届が受理されたら婚姻中になるわけですから、氏が変わった当事者には利益があっても、協力者となった当事者は、夫または妻の立場になることや重婚の禁止など何らかの制約を免れません。

その結果、いずれ離婚になるとして、婚姻時に氏が変わった当事者は、離婚時に婚姻中の氏を名乗る婚氏続称制度によって、氏が変わったまま婚姻前に戻ることができます。

極端な話、偽装婚姻の翌日に離婚して婚氏続称すれば、家庭裁判所の許可を得ずに氏の変更ができてしまうのです(戸籍に婚姻歴・離婚歴は残ります)。

さすがに翌日は疑われるのでは? と思うでしょうか。

確かに1日で離婚してしまう人が、あえて婚氏続称するのはいかにも不自然ですよね。では、1か月ならどうでしょう。

かつて成田離婚という言葉があったように、数日~数週間でスピード離婚してしまう人も実際にいます。役所は離婚の理由を問わないので、離婚届に不備がなければ基本的に受理します(できるとしても法務局への照会)。

戸籍というのは、どうでも良い人にはどうでも良く、報酬に釣られて一定期間の偽装婚姻に協力する人がいても不思議ではありません。

偽装縁組と氏の変更

偽装縁組(普通養子縁組)の場合は、偽装婚姻よりもさらに深刻です。

というのも、偽装婚姻では協力者の性別や婚姻中かどうかが関係するため、必然的に協力者となり得る人の絶対数は少ないのですが、偽装縁組に性別は関係なく、1人が複数人の養親または養子になることも可能だからです。

また、偽装婚姻は生活実態(同居の有無など)によって発覚しやすいのに対し、成人同士の偽装縁組では、法律上の親子関係が結ばれるとはいえ、生活が変わらなくても不自然ではありません。

このような特性から、養親であれば報酬を目的に、養子であれば氏を変える目的で、偽装縁組は生活困窮者や多重債務者を対象としたいわゆる「貧困ビジネス」になっています。

届出時の本人確認に抑止効果はあるが……

偽装縁組が問題になってから、婚姻・離婚、縁組・離縁、認知の届出には、本人確認が法律上で義務化されました(戸籍法第27条の2第1項)。

届出時に本人確認ができなかった当事者には受理通知書が送られるため、知らない間に養子縁組されてしまうケースには抑止効果が働きます。

それでも、養親になる側と養子になる側が共謀した養子縁組は、本人確認の徹底や受理通知書を送ったところで止められません。

そこで、短期間に縁組を繰り返しているか、過去何度も縁組をしている不審な養子縁組届については、市区町村が法務局に照会し、法務局が警察に協力を求めて調査した上で、受理または不受理の指示をする運用に変えられました。

仲介するブローカーの存在や、SNS等で簡単に人が繋がる現状を考えれば、共謀した偽装縁組を根絶することは不可能なのかもしれませんが、縁組制度の再検討も含め何か良い方法はないのでしょうか?

縁氏続称は7年の縁組継続が必要

偽装婚姻では、離婚すると婚姻中の氏を名乗る婚氏続称ができると説明しましたが、偽装縁組で離縁しても、縁組中の氏を名乗る縁氏続称は7年の縁組継続期間を必要とします(民法第816条第2項)。

しかしながら、氏の変更を目的とした偽装縁組には、必ず裏の目的(別人だと思させて借金、口座開設、携帯電話契約など)があり、裏の目的を達成したら離縁しようがしまいがどうでも良いのです。

裏の目的がある点は偽装婚姻でも同じなのですが、偽装縁組は離縁してもしなくても、次の偽装縁組で違う氏に変えられることが、偽装婚姻との大きな違いでしょう。

例:佐藤さんが鈴木姓になりすました(※)後、田中姓になりすます(※)場合

【偽装婚姻】
鈴木姓と偽装婚姻→離婚→田中姓と偽装婚姻(離婚が必須)

【偽装縁組】
鈴木姓と偽装縁組→田中姓と偽装縁組(離縁が必須ではない)

※なりすますと書いていますが、戸籍上は氏が変わっているので、鈴木さんは元の佐藤さん、田中さんは元の鈴木さん=元の佐藤さんで間違いありません。なりすますの意味は、佐藤さんとは「別人の」鈴木さんや田中さんだと相手に思させることです。

このように、偽装縁組には偽装婚姻における重婚のような縛りがなく、離縁も必須ではないことから、1人で多数の養親・養子と縁組していたケースが発覚しています。

偽装婚姻・偽装縁組の罪

偽装婚姻・偽装縁組は、本来の意味での婚姻・縁組を故意に装っているので、犯罪となってしかるべき行為です。

もちろん、偽装婚姻・偽装縁組にある裏の目的(例えば、別人だと思わせて行う契約など)には、騙す意図があるので詐欺なども考えられるところですが、それはケースバイケースなので説明しません。

ここでは、偽装婚姻・偽装縁組をすることで発生する罪を取り上げます。

届書の作成は私文書偽造罪にならない

誰でも思いつくのが、婚姻意思のない婚姻届・縁組意思のない養子縁組届は、私文書偽造罪にならないのか? という点でしょう。

結論から言えば、当事者双方で作成した婚姻届・養子縁組届そのものについては、偽造された私文書に該当しないと考えられます。

私文書偽造罪にあたるのは、委任などの作成権限を持たずに、無断で他人名義の文書を作ること(有形偽造)であって、本人が虚偽の文書を作ること(無形偽造)は、原則として処罰対象ではありません(公文書なら処罰対象)。

したがって、当事者の一方または双方に無断で婚姻届・養子縁組届を作成すると私文書偽造ですが、当事者が自らの意思で作成している限り、私文書偽造ではないということになります。

別の言い方をすると、偽装婚姻・偽装縁組で私文書偽造罪を問うことができるのは、届書が当事者以外の何者かに偽造されて、当事者の知らない間に婚姻・縁組させられていたケースの実行犯です。

虚偽の申立ては間違いなく罪になる

婚姻届・養子縁組届は、当事者の身分行為となる(夫婦関係や養親子関係を形成させる)届出ですから、その身分行為は戸籍に記載されます。

戸籍は日本人の出生から死亡までを登録・公証する公文書なので、偽造・変造(刑法第155条)は当然のこと、私文書と違い虚偽作成(刑法第156条)も罪となります。

ところが、戸籍(現在では主に記録データ)は公務員によって事務処理され、婚姻届・養子縁組届を出す側が、自ら戸籍を偽造・変造ならびに虚偽作成することはできません。

その代わり、偽装婚姻・偽装縁組では、戸籍事務を担当する公務員に「婚姻します・縁組します」と嘘をついて、戸籍に嘘の記載・記録をさせることになりますよね。

この「戸籍へ嘘の記載・記録をさせる」行為が、刑法第157条の公正証書原本不実記載罪・電磁的公正証書原本不実記録罪に該当し、5年以下の懲役または50万円以下の罰金です(未遂も同罪)。

刑法 第百五十七条

公務員に対し虚偽の申立てをして、登記簿、戸籍簿その他の権利若しくは義務に関する公正証書の原本に不実の記載をさせ、又は権利若しくは義務に関する公正証書の原本として用いられる電磁的記録に不実の記録をさせた者は、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札又は旅券に不実の記載をさせた者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
3 前二項の罪の未遂は、罰する。

さらに、不実の記載・記録がある戸籍を、真正なものとして他人から認識できる状態にすることが、刑法第158条の偽造公文書行使罪・不実記録電磁的公正証書原本供用罪に該当します。

ただし、どちらも量刑は同じなので、偽装婚姻・偽装縁組そのものは、5年以下の懲役または50万円以下の罰金ということです。

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