離婚請求における遺棄の持つ意味は、婚姻関係の継続に不可欠な、夫婦の同居、協力扶助といった義務を怠り、夫婦生活に協力しない一切の行為で、遺棄という言葉が本来持っている、置き去りにする行為よりも広い解釈です。
したがって、明確な事例が規定されているものではないのですが、一方的に出て行ったり追い出したりする、生活費を渡さない、分担としての日常家事の放棄など、夫婦として協力的ではない行為の全てが遺棄に該当します。
そして、悪意とは相手が害されて夫婦関係が維持できないことを知りながら、「わざと」何かをする(または何もしない)ことを意味します。
悪意の解釈は、一般的に害意・不誠実によるケースを想定しますが、悪意の遺棄における悪意とは、遺棄を知っている(容認している)ことでも該当すると解釈されます。必ずしも、悪意が明示されていることを要しません。
よって、悪意の遺棄とは、わざと夫婦関係を破綻させる行為全般、もしくは夫婦生活が破綻すると知りつつ何もしないことが該当するのです。
別居と悪意の遺棄
夫婦には同居義務があることを原則としながらも、実生活において夫婦が別居状態にあることは、それほど珍しくもありません。別居の原因によって、悪意の遺棄に該当するかどうかが決まります。
このとき気を付けたいのは、別居中に生活費の送金があっても、それだけで悪意の遺棄は免れないという点です。身勝手に別居して同居義務を怠りながら、生活費を渡せば全てが正当化できるものではないです。
浮気相手と暮らし帰ってこない
浮気して家に帰らず、配偶者との夫婦生活を維持しない行為は、悪意の遺棄に該当します。ただし、浮気と別居の因果関係も重要になるでしょう。
別居が夫婦の協議で決められたときは、悪意の遺棄に該当しませんし、婚姻関係が破綻した後に開始された浮気は、不貞な行為とみなされないのが通例です。
浮気によって夫婦関係が破綻し、協議の上で別居したのであれば、悪意の遺棄を問うのではなく、浮気を不貞な行為として離婚請求することになります。
勝手に家を出ていった
正当な理由も相手配偶者の同意もなく家を出て、そのまま帰宅しない行為は悪意の遺棄に該当します。居場所が判明してもしなくても、当人の意思で家出して戻らないのは、同居の拒否で悪意の遺棄だと解釈できます。
しかしながら、突然消息を断つ状況の全てが、悪意の遺棄に該当するかいえばそうとも限りません。それは、事件・事故に巻き込まれて、家に戻ることができない状況も十分に考えられるからです。
当人には悪意がないのに、事件・事故で亡くなっている・拘束されているなど、行方不明なら直ちに悪意の遺棄にはならないということです。
家を追い出された
家を追い出されたことによる別居は、一般には追い出した側に悪意の遺棄が認められます。追い出された側(出ていった側)ではないので注意しましょう。
この追い出すという行為は、直接的な言動によらなくても良いとされ、相手配偶者を配偶者として扱わない、DVに該当する暴力や侮辱があったなど、出ていった側が同居に耐えられない状況を作っただけで、追い出したと扱われます。
したがって、出ていった側が自らの意思であるかどうかではなく、その原因がどちらにあるかで判断され、当事者の主張が対立することも予想されますので、家庭裁判所は事情を考慮して、どちらの有責性が高いか判断します。
正当な理由のある別居は悪意の遺棄ではない
次のような別居は、その理由に悪意がないため悪意の遺棄には該当しません。
- 単身赴任による別居
- 夫婦が冷却期間を置くための別居
- 出産や療養のための別居
- 育児や教育のための別居
- 家を追い出されたことによる別居
- 正当な理由による同居の拒否
最後の正当な理由による同居の拒否とは、例えば浮気や暴力で婚姻関係を破綻させた相手に対し同居を拒む場合ですが、これは、有責性が低い側に、婚姻関係の破綻後も同居を強制するのは、酷だと解されているからです。
夫婦の協力扶助と悪意の遺棄
悪意の遺棄は別居だけで成立することは少なく、それは別居と夫婦の協力扶助が密接な関係を持つためです。協力扶助とは、夫婦が生活を維持していくために必要な、お互いの努力ですから、端的に言えば労働と生活費です。
夫婦の多くは、職業労働と家事労働の分担を決め、職業労働から得られる生活費と、経済活動ではなくても必要不可欠な家事労働で生活を成り立たせています。そのため、どちらが欠けても生活に支障をきたし、それが悪意で行われれば悪意の遺棄となります。
生活費を渡さない
最も明確に悪意の遺棄が問われるのは、相手配偶者が生活できないと知りながら、生活費を渡さないケースです。夫婦には生活保持義務があり、お互いが同程度の生活を送ることができるように、必要な生活費を分担しなくてはなりません。
夫婦の生活費は「婚姻費用」と呼ばれ、必要な生活費を渡さない相手に対しては、婚姻費用分担請求調停を申し立てることができます。
同居・別居を問わず、相手の生活が困難だと知って生活費を渡さない行為は、悪意の遺棄に該当します。ただし、自ら婚姻関係を破綻させておきながら、なおも相手に生活費を求めるのは、相手にすれば到底許容できないでしょう。
社会通念上において、そのような身勝手な請求は嫌悪されており、家庭裁判所でも有責配偶者への生活費負担に対しては減額や否定に寛容です。
労働の放棄
生活費を稼ぐための職業労働、生活していく上で必要な家事労働のどちらも、放棄をすることは悪意の遺棄と解されます。ですから、就労能力を持つのに何もせず働かない場合、家事を放棄して生活に支障がある場合は悪意の遺棄です。
もっとも、悪意の存在が必要なので、就職活動に努力しても就職先が決まらない、食事を作る時間がなくてテイクアウトで済ませる、平日は疲れているので休みの日に掃除するなど、常識の範囲で悪意がないものは当然に対象外です。
また、相手が家事に非協力的で不満がある場合、確かに協力義務違反で遺棄にはなるとしても、直ちに悪意の遺棄と解釈するのは行き過ぎです。悪意の遺棄とは、自分に不満がある遺棄ではなく、相手に悪意がある遺棄だからです。
悪意の証明は難しいが推認される
離婚請求が悪意の遺棄を原因とするとき、悪意の存在を証明しなくては、その請求根拠を失います。しかし、悪意の存在は離婚請求する側の主観であり、実際に悪意を持っていたかどうかは、遺棄をした本人しかわかりません。
したがって、悪意の存在を証明するのは非常に困難ですが、相手が悪意を表明している必要はなく、経緯や行動・態度から常識的に悪意が推測されれば、黙示的であっても悪意に該当する(推認といいます)と解されています。
ところが、面倒なのは悪意で遺棄している側が正当性を主張したり、遺棄されている側を非難したりすることがある点です。勝手に別居したのは相手が悪いからと言い、働かないのは仕事が無いからと言い出します。
そのため、どのような経緯でいつから遺棄が始まったのか、そして遺棄に対して相手が何もしなかったことを訴え、相手が合理的に弁明できなければ、それで悪意の遺棄は推認される可能性があるでしょう。
また、悪意が「知っていること、知りつつあること」で解釈される以上、遺棄によって相手に与える影響を知りながら、なおも遺棄した事実があれば、それだけで悪意が推認できることを意味しています。
つまり、証明においては相手が遺棄の影響を「知っていたかどうか」も重要になり、ここを攻めていくことも悪意の存在を裏付ける糸口になりそうです。