回復の見込みがない強度の精神病とは

配偶者の精神病を、離婚原因として離婚を請求するためには、夫婦生活が成り立たないほどに意思の疎通が図られず、実体的にも精神的にも夫婦として破綻している状況を必要とします。

さらに、民法の条文上、「強度」・「回復の見込みがない」という要件があることから、精神病による離婚請求は、認められるのが困難な離婚原因です。

なぜなら、強度って何? 回復の見込みがないとは? といった、誰でも感じる疑問に対し、明確な判断基準は存在しないからです。

また、回復の見込みがない強度の精神病には、他の離婚原因ではあまり見られない裁判所判断が示されていますので、この点も説明します。

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強度とはどの程度か

離婚原因として、請求が認められるだけの「強度」とは、婚姻の本質というべき夫婦の協力扶助義務を果たすことができず、夫婦共同体としての生活ができないほど重い病状です。

つまり、病名で決まるのではなく、病状によって決まることに注意してください。

また、精神機能の障害は多くあれど、離婚の認容基準である以上、その論点は婚姻関係の破綻ですから、夫婦の精神的交流が途絶えていることも重要視されます。

協力扶助義務を全く果たさない配偶者でも、愛情で繋がって婚姻を継続する夫婦がいれば、生活上は協力扶助しながら、心が冷え切って離婚に至る夫婦もいます。

婚姻関係の破綻では、夫婦の生活実態よりも、精神面に重きを置いていると言えるでしょう。

身体的な障害との違い

ところで、夫婦の協力扶助義務を果たすことができない状況には、強度の精神病以外にも、身体機能に重度の障害を負ったケースに見て取れます。

しかしながら、身体機能の障害では、何らかの手段で意思の疎通が可能であれば、夫婦間の精神的交流が残されており、ただちに婚姻関係が破綻しているとは推定できないですよね。

よって、意思疎通が全くできない強度の精神病と、意思疎通が可能な身体機能障害とは区別して考えられています。

回復の見込みがないという判断は難しい

強度の精神病を原因とする離婚請求は、回復の見込みがないことを要件としているので、裏返すと、精神病が回復する前提に立ち、離婚は回復の見込みがない場合に厳格化しています。

回復の見込みの判断は、専門家である精神病医の所見に基づき、裁判官の判断(精神病の程度が夫婦の協力扶助義務を果たせないかどうか)が加えられます。

だからといって、精神病に回復の見込みがないことを正確に判断するのは、精神病医ですら難しいでしょう。

精神病には波がありますし、安定と発症を繰り返すことや、回復したと思っても再発することもあって、治療による効果が未知数だからです。

ただ、はっきりしているのは、一般的に回復の見込みがない判断には、それなりの治療期間と経過観察が必要であり、強度の精神病を発症したからと、すぐに離婚請求できないことでしょうか。

逆に考えれば、ある程度の治療期間において、回復しなかった事実があって、主治医も回復は難しいと考えているなら、離婚請求に可能性が出てきます。

強度の精神病と療養の具体的方途

仮に、配偶者の精神病が強度で回復の見込みがないと判断されても、実はそれだけで離婚請求は認められず、具体的方途を講じなければなりません。

具体的方途とは、離婚後の療養について具体的な手立てを講じており、強度の精神病を患った配偶者が、療養生活していける環境を用意することです。

この点において、他の理由で離婚請求する場合とは明確に異なり、離婚後の療養が確保されるには経済力も必要とします。

民法第770条第2項との関係

離婚請求の要件としては、精神病が強度かつ回復の見込みがないことであり、具体的方途を要件とした規定はありません。

しかし、最高裁は離婚請求に対して、病者の療養や生活等の具体的方途を講じ、見込みのついた上でなければ離婚を認めない態度をとってきました。

要するに、精神病を患った配偶者を、離婚で放り出してはならないとしているわけですね。

この最高裁の判断は、民法第770条第2項の解釈(一切の事情の考慮)からきています。

民法 第七百七十条第二項
2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
【解説】強度の精神病は前項(第一項)第四号

道義的には十分に理解できる判断ですが、これには学説上の批判が多いです。

その理由は、離婚後の療養を社会保障制度や親族の扶養義務が担うべきところ、離婚する他方配偶者へ負担させることになりますし、婚姻関係の破綻によって離婚が認められる他の離婚原因と、強度の精神病では不均衡が生じているからです。

しかも、裁判所が要請する具体的方途は、その実現が離婚請求した配偶者の善意に期待するしかなく、実現の保障のための手段もありません。

強度の精神病が離婚原因の場合だけにあるこうした要件は、離婚する精神病配偶者の保護が目的であることは言うまでもないですが、療養が継続できる社会保障制度の充実は当分先でしょう。

認知症は強度の精神病になるのか?

精神疾患は、年齢問わず発症するのに対し、認知症は一般に加齢による症状であることから、認知症と強度の精神病は同列に扱われてはいません。

それでも、認知症が意思能力に欠ける症状であることは疑いもなく、重い認知症では、夫婦の協力扶助が継続できなくなる点において、強度の精神病に近いとも考えられます。

しかし、条文上は強度の精神病に限定されており、準ずる症状を規定しないことからも、認知症を理由として離婚を認めるには、強度の精神病ではなく婚姻を継続し難い重大な事由として判断することになるでしょう。

認知症配偶者に対して、離婚後の療養環境の確保が考慮された上で、婚姻を継続し難い重大な事由に基づく離婚請求を認容した判例もあります。

強度の精神病と異なり、婚姻関係の破綻が認められても裁判所の裁量的な棄却が適用できないこと(婚姻を継続し難い重大な事由は民法第770条第2項の対象外)も加わって、慎重に判断されていると言えます。

強度の精神病と家庭裁判所手続

さて、配偶者が強度の精神病を患い、回復の見込みがないとして、離婚するにはどのような手続になるのでしょうか。

精神病の当事者は、そもそも意思表示ができない(確認もできない)のですから、夫婦の離婚意思を要件とする協議離婚は成立しませんよね。

また、離婚届を勝手に書いて出してしまうなどもってのほかです。

強度の精神病で離婚調停は不可能

強度の精神病と呼べる状態になると、意思能力の欠如から法律行為を自らできないので、成年後見人が代理して法律行為を行います。

ところが、離婚のように身分(人事)に関わる行為は、本人に一身専属性があり、成年後見人が代理できません。

他者に代わることができない性質のこと。調停においても訴訟においても、本人以外が代理して離婚することはできない規定が盛り込まれています。

無論、本人は調停で話し合うことはできず、代理人による調停離婚の成立もできないので、離婚調停は機能しないということです。

したがって、強度の精神病で回復の見込みがない配偶者との離婚は、調停を経ずに訴訟を提起するしかなく、調停前置が適用されずに訴訟手続へ進みます。

離婚訴訟では当事者になることができない

調停と同じように、訴訟においても本人に意思能力が無ければ、当事者になり得ません。ですから、強度の精神病を理由に離婚を訴えるときは、成年後見人を被告とします。

しかし、夫婦の一方が強度の精神病であるとき、成年後見人は他方配偶者であるのが通常です。そうなると、他方配偶者は自分を訴えることになり、訴える相手がいないように思えるでしょうか。

このような場合は、成年後見監督人を選任してもらい、成年後見人である他方配偶者が、成年後見監督人を被告として訴えることができます(人事訴訟法第14条第2項)。

なお、強度の精神病で意思能力を欠いているのに、成年後見人が選任されていない場合は、特別代理人(民事訴訟法第35条)を選任するよりも、成年後見人を選任して訴えを提起するほうが、より好ましいと考えられています。

まとめ

  • 強度の精神病とは病名ではなく病状のこと
  • 夫婦の協力扶助義務が果たせず精神的交流も途絶えている重度の精神障害
  • 回復の見込みは精神病医の所見に基づき裁判官が判断
  • 強度の精神病による離婚請求では離婚後の療養に具体的方途が必要
  • 強度の精神病で離婚調停はできない
  • 離婚訴訟は成年後見人(または成年後見監督人)が被告
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初めての調停
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