父母による子の監護が不適当であるとき、または、子が父母による監護を激しく拒絶しているときに、どうしたら子がより良い環境で幸福に育っていけるのか考えるのは、社会全体にとっての責務です。
とりわけ、身近な存在である子の親族、中でも祖父母にとって、父母の不適当な子(祖父母には孫)の監護は看過できない問題でしょう。
今回紹介するのは、父母以外の第三者から、子の監護者の指定審判を申し立てることができないとした最高裁の決定です。
最高裁の決定ですから、子の監護者の指定は、祖父母等の第三者から申し立てられないことがほぼ確定的となりました。
最高裁判所の判断は、事実上、下級裁判所の判断を拘束する性質がありますので、下級裁判所が最高裁判所の判断を覆すことはほとんどありません。また、立法にも影響を及ぼします。
ただし、最高裁判所自らが、過去の判断を変更することはあり得ます。
当サイト管理人は、この最高裁の決定があまりにも衝撃的で、何度も繰り返して読んでしまいました。同時に、激しい落胆と憤りが心に湧きおこったのを覚えています。
事案の背景
最高裁決定までの経緯を説明しておきます。
子の出生後間もなくから、継続して子の監護を補助してきた祖母と、子を置いて出て行った母+再婚相手かつ養親との監護権争いです。
- 婚姻中の父母に子が生まれ、同年(詳細不明)から母と子は、母の母(子の祖母)宅で同居。以後、母と祖母が子を監護していた。
- 翌年に母は離婚。子の親権者は母。
- 約7年半後、母は子を置いて男性と同居。以後は祖母が単独で子(孫)を監護していた。
- 約半年後、母は同居男性と再婚して、再婚相手と子は養子縁組(母が代諾、縁組の事実は子と祖母に知らされていない)。
- 再婚に反対だった祖母は、子の引渡しを拒否し、子の監護者を祖母と定める調停を申し立てた。
- 母は人身保護請求を申し立てるが棄却。上訴も棄却。
- 調停は不成立となり、家庭裁判所は祖母を監護者と定める審判をした(この間、祖母から母の再婚相手を相手方とする審判も申し立てられ両手続は併合)。
- 母と再婚相手は即時抗告したが、高等裁判所に棄却されたため許可抗告を申し立てた。
本件では、子が母の再婚相手を強く拒絶しており、再婚相手に同調する母への信頼も失われています。
母と再婚相手は、子の心情に配慮を欠く行動を繰り返したことで、子が健康な精神を維持できず通学できなくなりました(医師の診断あり)。
さらに、子は母とその再婚相手との同居を拒否して、祖母と暮らすことを望んでいました。
家庭裁判所ならびに高等裁判所の判断
家庭裁判所と高等裁判所は、これまでの経緯、子の心情と意向、祖母による監護の適格性など、子の福祉を重視して、祖母を監護者と定めるのが相当だとしました。
なお、子の監護者の指定は、民法第766条に定められていますが、この規定は離婚時を対象としており、なおかつ子の監護者を定めるのは父母です。
第2項で、父母の協議が調わないときは、家庭裁判所が定めるとしていますので、これが子の監護者の指定調停・審判申立ての根拠になります。しかし、父母以外が申立てできる規定にはなっていません。
民法 第七百六十六条
父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。2 前項の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定めを変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
過去の判例や学説は割れていた
この民法第766条に対し、規定にない父母以外の第三者が、子の監護者指定を申立てできるかどうかは、過去の判例が割れています。否定されたケース、肯定されたケースのどちらもあり、学説も賛否両論です。
今回の高等裁判所は、「子の福祉を全うするためには,民法766条1項の法意に照らし,事実上の監護者である祖父母等も,家庭裁判所に対し,子の監護者指定の申立てをすることができるものと解するのが相当である」としました。
つまり、親権行使が不適当な場合に、考慮すべきは子の福祉であって、類推適用(拡大解釈というべきか)してでも、子の利益を尊重する立場です。当サイト管理人はこれを支持します。
最高裁令和3年3月29日決定
最高裁第一小法廷は、原審(高等裁判所)の判断を否定し、次のように結論付けました。裁判官5人の全員一致です。
父母以外の第三者は,事実上子を監護してきた者であっても,家庭裁判所に対し,子の監護に関する処分として子の監護をすべき者を定める審判を申し立てることはできないと解するのが相当である。
そして、当サイト管理人が、最も衝撃を受けたのは次の説示です。
子の利益は,子の監護に関する事項を定めるに当たって最も優先して考慮しなければならないものであるが(民法766条1項後段参照),このことは,上記第三者に上記の申立てを許容する根拠となるものではない。
最高裁は、子の監護に関する事項を定めるに当たって「子の利益」を最も優先して考慮しなければならないとしながら、第三者からの子の監護者指定申立ては許容できないとしました。
ということは、子の利益を最優先に考慮した結果、第三者による監護が最適だとしても、第三者の監護に反対する父母から、第三者を監護者に指定する申立てがなければなりません。
そのような奇跡が本当に起こると思っているのでしょうか?
助けを求めている子は誰が救うのでしょうか?
子が幸福に育つ権利は親権に劣るのでしょうか?
……謎だらけです。
個人的に受け入れられないのは、この最高裁決定が、紛争の背景を一切考慮せず、条文の文理解釈(法令を文章通りに解釈すること)のみで下された点です。
条文に書かれていないからアウト。という門前払いの判断は、日本語さえ理解できれば一般人でも可能ですよね。裁判官は血の通った人間ではなく生成AIか? という感想しかありません。
他の規定との整合性
ところで、祖父母等を監護者に指定した場合、親権者の親権行使を著しく制約するのは前述のとおりですが、親権にかかわる規定は他にもあります。
- 親権喪失・親権停止(民法第834条、第834条の2)
- 管理権喪失(民法第835条)
- 児童相談所や都道府県による措置(児童福祉法)
これらの規定が存在する意義は、親権行使が子の利益を害している場合の救済です。
仮に、親の親権行使へ外部から一切の介入ができない場合、害されている子を救済する(管理権喪失では子の財産を保全する)方法がなくなるので規定されていると考えてください。
そして、親権喪失・親権停止・管理権喪失は、該当する審判によって処理されるのですが、子本人のほか、子の親族などからも申立て可能です。
一方で、親権のうち身上監護権だけを喪失・停止させる規定は存在しません。同等の効果をもたらすのは、子の監護者の指定です。
そうすると、
- 祖父母は親権者の身上監護権を含む親権全体の制限を申し立てられる
- 祖父母は親権者の財産管理権の制限を申し立てられる
- 祖父母は親権者の身上監護権だけを制限する子の監護者指定は申し立てられない
このようになりますが、親権全体の制限を申立て可能なのに、その一部である身上監護権の制限(子の監護者指定)は申立てを許さない理由がどこにあるのでしょうか?
重要なのは、親権全体の制限も第三者による子の監護者指定も、親権者の監護が子に不利益を与えているという要件の同一性があることです。
要件に同一性があるにもかかわらず、申立権を区別する(しかも与える影響が小さいほうの申立権を認めない)合理的な理由は見当たらないように思えます。
家庭裁判所に与える影響
家庭裁判所が扱う家事事件は、知ってのとおり家庭内や親族間での争いですから、言ってみればプライベートな内容です。
多くの場合、事件が終局しても当事者の人間関係は続きますので、家庭裁判所は可能な限り当事者の一切の事情を把握して、後見的な立場から司法判断を下します。
特に、子が当事者であるときは、子の陳述を聴いたり、家庭裁判所調査官に調査させたりと、子の将来にとって何が大切なのかを間違えないように、慎重な審理の進め方をしています。
家庭裁判所の弾力的な法解釈は失われる
こうした家事事件の性質上、多様かつ複雑な人間関係の紛争を処理していく中で、家庭裁判所は法令を弾力的に解釈してきました。
子の監護者の指定においては、真に子の幸福に資する適切な在り方を追求して、明文の規定がない祖父母等の第三者からの申立てを認め、第三者を監護者に指定してきたのです。
もっとも、親権者以外を子の監護者に指定すると、親権行使が著しく制約されてしまうため、子の利益が親権行使の制約を上回るだけの理由がなくてはならず、事案に応じて例外的な対処をしてきたと言えます。
しかし、最高裁決定がされたことで、子の監護者指定にこれまでの弾力的な法解釈は失われ、硬直的に条文で判断する(第三者からの申立ては不受理)しかできなくなりました。
子を救済する手立てがひとつ失われたに等しい
子の監護者の指定申立ては、親権者の不適当な監護から子を救済する手立てとして、最も現実的な手続でした(審判前の保全処分を含む)。
というのも、前述の親権喪失・停止はハードルが高いばかりか、仮に家庭裁判所が認容審判を出したところで、申し立てた祖父母等が子を監護できるとは限らないからです。加えて、相手方である父母とは決定的な遺恨を残します。
※このあたりの話は、別途記事を設けたいと思います。
子の監護者の指定なら、合意形成を目指して調停からスタートすることができ、調停期日で互いに歩み寄ることもできるでしょう。
例えば、最初は祖父母等の監護から始めて、子と父母の関係が良好になってきたら父母の監護の比重を増やし、最終的には父母に監護させるなど、調停は柔軟に対応できます。
子の監護者の指定における問題の本質は、誰が監護者として適格なのかではありません。誰がどのように子を監護すれば、心身ともに健康で子が幸せを感じながら暮らせるのかです。
嘆いたところで仕方がないのですが、最高裁の決定が子の利益にならないと感じるのは、当サイト管理人だけなのでしょうか。
あとがき
幼い子が亡くなってしまう不幸な事件を目にするたび、周りの人間が気づいてあげられなかったのか、本当に何もできることはなかったのかと思ってしまいます。
ともすると、孫を甘やかしがちな祖父母だとはいえ、親以外の身近な存在として、特に幼少期の子へ大きな影響を与えるのは確かでしょう。
世の中、幸せな親子関係だけではありません。
一刻も早く、祖父母等の第三者も子の監護者の指定を申し立てられるように、民法が改正されるか、最高裁の決定が変更されることを願うばかりです。