子の引渡しと強制執行に対する見解の相違

子の引渡し調停が成立しても、子を拘束している相手方が必ずしも応じるとは限りません。このとき、調停の申立人は、調停調書を根拠に子の引渡しを求めていくのですが、子の引渡しを実現するのはとても難しいです。

調停で決まった債権債務が実現されないとき、家庭裁判所手続として履行勧告や履行命令も存在するところ、これらの勧告・命令に応じるような相手方なら、そもそも調停成立で子を引き渡しているでしょう。

よって、ここでは履行勧告や履行命令を扱わず、次の段階である強制執行について考えていきます。調停成立ではなく審判確定や審判前の保全処分でも同じです。

請求権の実現に向け、国家権力を借りて強制的に目的を達成するための手段です。

この記事は、令和2年4月1日に施行された民事執行法の改正前に執筆されています。

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強制執行における問題点

子の引渡しで強制執行が問題になるのは、金銭ではなく物でもない子という対象を、強制執行でどのように扱うのが適切であるか議論が分かれるからです。

金銭なら財産の差押え、物なら引渡しの強制執行が可能でも、対象が人格を持つ人間の場合は、道義的にも扱いが慎重になるのは理解できますよね。

そもそも「引渡し」という言葉のニュアンスも微妙で、いかにも子が物と同等に扱われているような印象を与えてしまわないでしょうか?

事実、民事執行法で子の引渡しについて明文の規定はなく、子の引渡しは動産の引渡し(民事執行法第169条)を類推適用して直接強制が執行されています。

【追記】
令和2年4月1日に施行された改正民事執行法において、子の引渡しの強制執行が明文化されました。
参考:子の引渡しの強制執行と民事執行法の改正

主要な3つの見解

子の引渡しの強制執行は、次の3つの見解に分かれています。

  • 間接強制のみ肯定する
  • 幼児は直接強制を肯定する
  • 子の年齢に関係なく直接強制を肯定する

念のため説明をしておくと、間接強制とは子の引渡しがされない場合に、「1日につき○○円支払いなさい」と命令を出してもらう方法です。要するに、相手方に強制金の負担を課して圧力をかけ、子の引渡しを実現させようとします。

直接強制はわかりやすく、執行官が相手方から子を引き取り、申立人へ引き渡します。これができれば、最初から間接強制の必要もないのですが、直接強制でも確実な実効性はなく、前述のように子の扱いとして否定する見解も多いです。

間接強制の是非

少なくとも子の引渡しにおいて、間接強制は否定されていません。

相手方の自発的な子の引渡しを望めない場合、強制金の負担を課すことで、負担に耐えかねた相手方が子を引き渡すのは、子の人格尊重には抵触しないとされます。

さらに、子を「引き渡せ」という命令であっても、実質的には親権または監護権行使の妨害排除請求(親権・監護権を持つ本来の権利者が権利侵害を排除する請求)で、子の引き取りを妨害しない債務(不作為債務といいます)だとされます。

不作為債務は直接強制ができず、相手方が子の引き取りを妨害する(またはそのおそれ)があることをもって、間接強制のみ可能だとする理論構成です。

間接強制に問題はないのか

間接強制の実効性が低いことは言うまでもなく、資力が低ければ強制金を得られない(無いところからは取れない)ですし、資力が十分にある相手方には響かないでしょう。

さらに、強制金の負担が生活費に影響してしまう資力の相手方には、子の満足な監護が継続できないことすら想定され、決して子にとって良いことではありません。

もちろん、裁判所が子の引渡しを命じている以上、申立人に正当性があるとはいえ、相手方にしてみると、子との暮らしと金銭的負担を天秤にかける葛藤は容易に想像できます。

また、金銭的負担に耐えかねて子を手放した経緯を、やがて子が知った場合の心情についても考慮すべきと感じるのは杞憂なのでしょうか。

なお、間接強制が可能な要件は、相手方による妨害またはそのおそれがあることですから、相手方に子を引き渡す(引き取りを妨害しない)意思があるのに、子が拒絶している場合には、間接強制はできないと解されています。

直接強制の是非

直接強制を否定する理由は、子を動産(物)と同じように扱うことへの嫌悪です。

物には占有の考え方があっても、人格を持つ子に対して占有する概念が許容されないと、相手方の支配から申立人の支配へと置き換える「引渡し」になりません。

当然ながら、人を占有・支配するという考え方は馴染まないのですが、もし直接強制を認めないとするならば、実力行使で子が連れ去られた場合でも、間接強制か引き渡すように説得するしか方法がなくなります。

そうなると、無権利者による子の連れ去りという違法行為や権利侵害行為に対し、権利者には確実性のない手続しか用意されていないことになり、これは社会正義に反するでしょう。

また、直接強制がないと「連れ去ったもの勝ち」になって、正当な権利者が自力救済をしかねない状況になることから、直接強制は許されると考えられています。

直接強制と子の意思

自らの意思を表明できる(意思表明による結果も認識できる)年齢になると、たとえ直接強制でも、子の意思に反する執行はできないとされています。では、意思能力を持たない幼児は、直接強制が可能なのでしょうか。

この点、幼児に直接強制を認める見解では、現行法で特段の規定がないために、便宜上動産に準じた執行方法をとらざるを得ないのであって、直接強制がただちに子を物と同一視しているのではないとします。

また、意思能力を持たない幼児でも、一個人としての人格を持つ以上、動産に準じた執行方法は許されず、違法性の高い行為で子が拘束されている場合に限り、例外的な直接強制を認めるべきとする見解もあります。

もっとも、どのくらいの年齢になれば意思能力があるかは、子の発育にも関係しており、執行時に子が受け入れる・意思表示をしない・拒絶するいずれでも、それが真意だと判断するのが執行官であることに疑問が残るでしょう。

直接強制への批判と反論

直接強制は、相手方と子の関係を強制的に断ち切り、申立人と子が暮らす状況を、国家権力で実現することが許容されるのかと批判されています。

この批判については、相手方と子の関係よりも申立人と子の関係が適切であると、裁判所が判断したからこそ引渡し請求が認容されるのであって、むしろ相手方と子の関係継続は子の福祉に反するという反論があります。

また、子を物と同様に扱うことへの批判については、子の意思が尊重されて執行不能になることが人格無視には繋がらないし、意思表示できない幼児については、前述のとおり現行法で規定がないために便宜上やむを得ないと反論されます。

もとより、直接強制でも相手方と子の関係が完全に断ち切られるのではなく、相手方が面会交流を求める権利と、申立人が面会交流に応じる義務は残ります。

直接強制で実現されるのは、無権利者による子の拘束の排除と同時に、正当な権利者の保護下に子を置くことであって、占有・支配が置き換えられる動産の直接強制と、幼児の直接執行は同じではないという考え方です。

最大の問題は見解に統一性がないこと

ここまでは、判例・学説を踏まえた強制執行への見解ですが、当事者にとってはそんなことよりも、実際に直接強制できるかどうかが大切です。

現在は、直接強制を認める方向に傾いているとはいえ、直接強制に対して判例が分かれているのは確かで(もちろん事案は違いますが)、裁判所によって直接強制の可否が変わってしまうのでは困ります。

また、直接強制の執行を担当する執行官の裁量はとても大きく、裁判所の判断に従うのが執行官の責務でも、現場では状況しだいで執行官が判断していきます。

つまり、強引に相手方から取り上げる強硬派の執行官もいれば、子へのダメージを考慮して執行不能としてしまう慎重派の執行官もいるわけで、執行完了を期待している申立人にとっては、子が引き渡されるまで不安で仕方がないでしょう。

ようやく明文化の検討が始まった

平成28年に法制審議会の民事執行法部会で、子の引渡しの強制執行に関する規律の明確化をテーマに検討が始まりました(第1回会議は平成28年11月18日)。

ようやくこの問題も前進して、今後は強制執行のあり方が変わっていくことを期待したいですね。ただし、事案が事案だけに(対象が人格を持つ子だけに)、早急に議論が終結するとは到底思えず、民事執行法の改正までは時間がかかるでしょう。

【追記】
令和2年4月1日に施行された改正民事執行法において、子の引渡しの強制執行が明文化されました。
参考:子の引渡しの強制執行と民事執行法の改正

あとがき

子の引渡しの強制執行は、多くの問題を抱えており、様々な見解が錯綜しています。どのような見解も一応の納得はできるのですが、現実的に考えると、直接強制がなければ実力行使での子の奪い合いが避けられません。

そうなると、親権・監護権の権利侵害が、略取・誘拐といった犯罪に発展しますし、権利保護の手続として、条件付きでも直接強制は必要だと思われます。

また、子の引渡しを対象とした法改正がされない限り、動産に準じた直接強制への批判は収まることがなく、そもそも間接強制の期待度は小さいことからも、直接強制に対する特別な規定が望まれています。

もう少し大きな視点では、離婚した夫婦や未婚の両親が単独親権を強いられることも、子の奪い合いに発展してしまう要因のひとつでしょう。

お互いに子を想う点では一致しているのに協力できず、同等の権利を持たない不平等が、子の連れ去りと引渡し請求を生み出しているのかもしれません。

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