子の引渡しを求める手続の中でも、人身保護請求が夫婦間では認められなくなってきた事情と、家事事件手続法の施行で、子の引渡しに対して迅速性が向上した点から、家事手続(特に審判)での子の引渡しに移行が進んでいます。
調停で解決すれば望ましいのですが、調停があまり活用されないのは、調停は合意形成がなければ調停調書が作られず、子を引き渡さない相手方に、調停を持ちかけても無駄に終わるケースが多いためです。
調停または審判によって子の引渡しを求めるには、次のいずれかの方法によります。いずれも別表第2事件で、調停と審判のどちらからも申立てができます。
- 子の引渡し(子の監護に関する処分)
- 親権者の指定または変更
- 子の監護者の指定(子の監護に関する処分)
これらの調停や審判は別々の手続となりますが、例えば、親権者ではない親が子の引渡しを求めるのは、親権者として子を育てたいからで、監護者ではない親や第三者が子の引渡しを求めるのは、子の監護者として子を育てたいからでしょう。
逆に、親権者の指定または変更、もしくは子の監護者の指定の申立てがあれば、申立人が子と暮らしていないとき、子の引渡しも同時に請求しているとも考えられます。
つまり、実情に照らし合わせれば、ひとつの申立てでも黙示的に他の請求も含まれることは明らかですが、実務では複数の申立てをさせているようです。
子の引渡し(子の監護に関する処分)
親権者や監護者が、子を監護していくためには、子と一緒に暮らして手元に置いておかなくてはなりません。したがって、親権者や監護権を持たない親や第三者が、親権や監護権の行使を妨害して子を連れ去っているときは、子の引渡しを請求できます。
もっとも、子が自らの意思で現在の環境に身を置いている場合と、子が幼くて意思表明をできなくても、子のために現在の環境が相応しいなど特別な事情がある場合は、子の引渡しを求めても、家庭裁判所は請求を認めません。
親権者または監護者が、非親権者または非監護者へ子の引渡しを求めるのは、正当な権利に基づいており、前述の通り特別な事情がなければ原則として認められます。
一方で、非親権者または非監護者が、親権者または監護者に子の引渡しを求めるのは、権利者への請求であるため、認められるには根拠がなくてはならず、原則として親権者の指定または変更、もしくは子の監護者の指定を伴います。
監護者ではない第三者からの請求
子の引渡し調停または審判は、子の監護に関する処分のひとつで、民法第766条に基づいています。申立ては子の親からされることが通常ですが、親以外の親族等が申し立てることも可能だとする見解が有力です(裁判所HPでは父と母のみ記載)。
というのも、民法第766条は子の監護者を親とは限定しておらず、家庭裁判所から祖父母など第三者が子の監護者に指定されることもあります。そのため、監護権に基づく子の引渡しなら、第三者からも請求可能とする論理です。
監護者ではない第三者が子の引渡しを求めるとき、子の監護を目的とするのではなく、暴力や虐待からの救済を目的とするなら人身保護請求を利用できます。
したがって、監護者ではない第三者が子の監護を目的とした引渡しを求める際は、子の監護者の指定も申し立てて、子の監護者として引渡しを求める流れが妥当でしょう。
親権者ではない親からの請求
親権者ではない親が子の引渡しを求めるとき、最終的には親権または監護権に基づく子の監護を目的としているはずです。
そのため、親権者の指定または変更、もしくは子の監護者の指定を併せて申し立てて、親権者または監護者として子の引渡しを求めていく流れです。
第三者からの請求と同じく、非親権者の親からの請求においても、子の監護の権利者として引渡し請求をする建前が必要になります。
別居中の夫婦と子の引渡し
婚姻中に別居している夫婦は共同親権者なので、どちらにも子を監護し得る立場にあります。ですから、子の引渡しを求めるには、子の監護者の指定を併せて申し立てて、監護者として子の引渡しを求めます。
共同親権者とは、親権を共同で行使できる者を意味するので、お互いが独立して親権行使できるわけではありません。
つまり、どちらにも単独で子を監護する権利が最初からあるのではなく、相手の同意(または監護者の指定)によって、単独での子の監護が可能になります。
ややこしいですが、別居中の夫婦が単独で子を監護するのは、相手の同意(または監護者の指定)がない限り、共同行使であるはずの親権を独断で行使しており、権利の濫用とも言えます。
そうすると、たとえ子の引渡しがされても、引き渡した側が相手単独での監護に同意しなければ、入れ替わるだけで全く同じ状況が起きてしまいますよね。
そこで、子の監護者の指定により、監護権を分離分属させ、子の引渡しを求める親に監護権を与えることで、子の監護を共同親権から外す必要があるというわけです。
親権者から非監護者の第三者への請求
請求の相手方が非監護者で、なおかつ親でもないため、この場合は単に無権利者による不当な子の拘束で、民事手続によって解決するべきとされています。不当であるかどうかは、子の意思や親権者が第三者に監護を委託した事実などで判断されます。
しかしながら、この場合でも子の引渡し調停を申し立てることは可能で、当事者による協議の場を設けるという調停の趣旨からも申立ては否定されません。
ただし、相手方が無権利者では、子の監護を協議する当事者になり得ず、子の監護に関する処分ではない(別表第2事件ではない)ため、調停が不成立になっても、自動的に審判には移行せず不成立で終了します。
このケースで調停不成立なら、親権者が第三者を相手方として親権行使妨害排除請求の訴えを起こすか、人身保護請求(もしくは犯罪性が強ければ刑事手続)によって、子の引渡しを求めていく手法になります。
ただ、その第三者から子の監護者の指定が申し立てられると、子の引渡しも家事審判の対象になり得るのかもしれません。
それでも、正当な権利を持つ親権者と、無権利者に過ぎない第三者では、余程の事情(親権者による監護が不適切など)がなければ、第三者を子の監護者とする理由がなく、もし審判になれば子の引渡しを認容するでしょう。
親権者の指定または変更
子の引渡しを求める親が親権者ではないとき、子を監護している親権者を相手方として、親権者の指定または変更を申し立てます。親権者の指定を求める場面は限られているため、多くは親権者の変更になると思われます。
参考:親権者の指定と変更の違い
親権者の指定または変更がされたとしても、相手方に自主的な子の引渡しを期待できなければ、併せて子の引渡しを申し立てます。
しかし、親権者の指定または変更の審判をするとき、家庭裁判所は子の引渡しを命ずることができる(家事事件手続法第171条)ため、子の引渡しの申立ては絶対要件ではありません。
親権者の指定または変更の審判による子の引渡し命令は、職権でされるものですが、審理の過程で申立人が子の引渡しを求めていることは通常明らかになるはずです。
そうなると、申立人としては子の引渡しを申し立てなくても、子の引渡し命令が欲しいところですが、念のため職権の発動を求める上申をしておくべきでしょう。
親権者の指定または変更は子の監護者の指定を兼ねる?
親権者の指定または変更と、子の監護者の指定は、法令上で異なる事件であり、実務でも個別に扱われています。ところが、親権者の指定または変更の申立てにおいて、管理権だけのために申し立てられる事例はほとんどありません。
申立人が意思表示しなくても、親権者の指定または変更の申立てには、監護権も含めての親権を望んでいると考えるのが妥当であることから、子の監護者の指定も申立てがあったと解することは不可能ではありません。
実際にも、親権者である父からの子の引渡しと、子を監護していた母からの親権者変更が並行したケースで、親権者の変更を却下しながらも子の監護者として母を指定し、父からの子の引渡しを却下した事例があります。
子の監護者の指定(子の監護に関する処分)
子の引渡しを求める申立人が、監護権を有していないときは、子の監護に関する処分として子の監護者の指定を申し立てます。監護者を特に定めていない夫婦の一方、親権者ではない親、監護者ではない第三者が申立人として考えられます。
親族等の第三者を含めることについての見解は分かれ、判例も全く統一性がありません。しかし、子の監護者が第三者になり得る以上、第三者からの申立てを認めなければ辻褄が合わなくなります。
また、家庭裁判所は、子の監護に関する処分の審判をするとき、子の引渡しを命じることができ(家事事件手続法第154条第3項)、子の監護者に指定されれば、子の引渡しを申し立てる必要はないように思えます。
しかしながら、親権者の指定または変更の審判と同様に、命令は職権で発せられますから、申立人としては職権の発動を求める上申をするか、子の引渡しを併せて申し立てるのが確実です。
審判前の保全処分による子の引渡し
子の引渡しと子の監護者の指定は、どちらも子の監護に関する処分としての保全処分(家事事件手続法第157条第1項)の申立てが、親権者の指定または変更でも保全処分(同法第175条第1項)の申立てが可能です。
審判前の保全処分は、家事事件手続法の制定で、審判事件の調停でも利用できることになったため(家事事件手続法第105条第1項)、調停申立て時に保全処分を申し立てることが可能になりました。
審判前の保全処分では、その申立てが認められれば、本案(子の引渡し、子の監護者の指定、親権者の指定または変更の申立て)の審判がされる前に、仮処分として子の引渡しが命じられます。
もっとも、子の引渡しを命ずるにあたり、本案の申立人(保全処分の申立人)が審判後の親権者や監護者になることが見込まれなければ、仮処分の意味がありません。
したがって、申立人の仮の地位を定める仮処分(申立人を仮に親権者や監護者の状態にする仮処分)によって、子の引渡しを命ずることになります。
審判前の保全処分の要件
審判前の保全処分の要件は、子の監護に関する処分でも親権者の指定または変更でも、「強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」と定められています。
つまり、本案審判の確定を待っていては、遅きに失する可能性があるときに限定して、審判前の保全処分は認められているのです。
例えば、子を監護している者が、本案審判による強制執行を見越して子を連れて逃亡するおそれがあったり、現状では子の心身に危険が大きく、すぐにでも子の引渡しが必要だったりと、事情に応じて様々なパターンが考えられるでしょう。
いずれにしても、保全処分の申立人は、保全処分を求める事由を疎明(事情を明らかにして説明すること)しなければならず、家庭裁判所は必要なら職権で調査をします。
保全処分に対する即時抗告の扱い
保全処分による子の引渡し命令に抵抗したい相手方は、保全処分に対して即時抗告してくるかもしれません。本案の審判に即時抗告できる者は、保全処分に対する即時抗告が認められています(家事事件手続法第110条第2項)。
しかし、即時抗告だけで当然には執行停止にならず、執行停止のためには、保全処分の取消原因となることが明らかな事情か、保全処分の執行により償うことができない損害を生ずるおそれがあることを、抗告裁判所に疎明する必要があります。
不当に子を拘束している相手方が、裁判所を納得させるだけの疎明ができるとは思えず、保全処分を止めることは難しいでしょう。
子の引渡しと強制執行の可能性
子の引渡し、親権者の指定または変更、子の監護者の指定、もしくは審判前の保全処分によって子の引渡しが命じられたとき、相手方が子の引渡しに応じなくても、強制執行が可能な債務名義となります。
強制執行には、間接強制(子を引き渡さなければ強制金の負担を課す)と直接強制(公権力で子の引渡しを実現させる)の2つありますが、子の引渡しにおいては、直接強制が馴染まないとして反対意見が多くあります。
直接強制は、子が拒めば当然に執行不能になり、意思表示のできる年齢の子に対し、意思に反して直接強制を執行するのは、子の福祉にとって良くないことは明らかです。
また、意思能力のない乳幼児を抱きかかえて離さないなど、直接強制で執行不能に陥る事態も多くあり、その成功率は決して高くありません。
こうした実状から、子の引渡しを家庭裁判所に認めてもらうところまで到達しても、実質的に子が戻らず苦慮するケースは多いようです。それでも、債務名義があることは大きいので、調停または審判を申立て、自分の権利を確立しておくことは大切でしょう。