民法上の氏と呼称上の氏って知っていますか?

私たちが使っている氏(うじ)は、ある程度の範囲で個人を識別するためにも使われます。いわゆる苗字として「○○さん」のように呼ばれるので、社会生活と切り離すことができないほど、日常的に浸透していますよね。

誰でも戸籍謄本を見ると自分の氏を確認できます。しかし、戸籍謄本に書かれている氏とは別に「民法上の氏」と呼ばれる氏があるのを知っているでしょうか。

戸籍謄本に記載されている氏は「呼称上の氏」と呼ばれます。多くの場合、民法上の氏と呼称上の氏は一致しますが(特に男性)、目に見えない民法上の氏が、呼称上の氏(戸籍上の氏)と異なっている場合もあります。

民法上の氏と呼称上の氏は、役所の戸籍担当でもなければ知らなくて良い用語かもしれません。なぜなら、戸籍事務の都合上、民法上の氏と呼称上の氏が概念としてあるだけで、普段の生活では呼称上の氏しか使わないからです。

これから説明していくことは、かなり頭が混乱する話でもあり、氏にはこうした考え方があると知っておくだけでも十分です。

民法上の氏とは

人は生まれたときに氏を取得します。父母が婚姻していれば父母の氏を、父母が婚姻していなければ母の氏です(例外はあります)。

氏の取得は民法で規定されており、特定の身分行為によって変わることも民法で規定されています。例えば、婚姻の際には必ず夫婦の一方の氏に決めなくてはならず、多くの場合は妻が氏を改めるでしょう(改氏)。

そして離婚をすると、婚姻前の氏に戻ります(復氏)。婚姻で姓が変わること、離婚して旧姓に戻ることは良く知られているので馴染みがあるはずです。

他にも、養子は養親の氏に変わることが定められ、離縁すると縁組前の氏に戻り、死別した生存配偶者は婚姻前の氏に戻ることもできます。

これらは民法に規定された氏の動きで、氏を選択できるケースはあっても、自由に決めることは許されていません。婚姻時に夫婦のどちらでもない氏を、夫婦の新たな氏として定めて戸籍編製することはできないのです。

このように、民法の規定により選択または変更する氏は、戸籍の変動にも繋がっており「民法上の氏」といいます。

呼称上の氏とは

民法上の氏は、民法の規定に従い選択・変更するのですから、同時に対外的な呼び名でもある氏を強制してしまいます。

そこで、呼び名としての氏はある程度任意の選択・変更ができるように、民法や戸籍法が改正されていきます。この呼び名としての氏を「呼称上の氏」といいます。

呼称上の氏は戸籍に記載されている氏で、「氏名」の氏とは呼称上の氏=戸籍上の氏のことです。よって、意識しなくても日常生活では呼称上の氏を使っています。

なぜ2つの氏に分けられているのか

そもそも、氏が同一のルールで決定されるなら、民法上の氏と呼称上の氏に分ける必要はなかったのですが、呼び名としての氏を選択・変更できる便宜を図った結果、概念として民法上の氏と呼称上の氏に分ける必要が出てきたわけです。

戸籍の変動は民法上の氏を基準とするので、役所の戸籍担当職員は、戸籍に記載された呼称上の氏ではなく、民法上の氏を把握しなくてはなりません。同じ戸籍の夫婦・親子は同じ氏という原則があるからです。

例として、親と別戸籍の子を親の戸籍に入籍させたいとしましょう。子が親の戸籍に入籍できるかどうかの判断は、親子で民法上の氏が同一であるかどうかです。

民法上の氏が不一致の子は、”呼称上の氏が同じでも”家庭裁判所で子の氏の変更許可を得てから入籍を届け出る必要があり、民法上の氏が一致している子は、”呼称上の氏が異なっていても”入籍を届け出るだけで入籍できます。

この辺から混乱してくるはずなので、詳しくは後述します。

民法上の氏と呼称上の氏が異なるケース

民法上の氏と呼称上の氏が異なる典型例は、「離婚の際に称していた氏を称する届」によって、離婚後も婚姻中の氏を称する婚氏続称です。

民法 第七百六十七条

婚姻によって氏を改めた夫又は妻は、協議上の離婚によって婚姻前の氏に復する。
2  前項の規定により婚姻前の氏に復した夫又は妻は、離婚の日から三箇月以内に戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、離婚の際に称していた氏を称することができる。

民法第767条は、第1項で離婚による復氏を、第2項で婚氏続称を規定しています。

婚氏続称を選択しても、離婚で復氏することは変わりません。民法上の氏は復氏で婚姻前の氏に戻りますが、呼称上の氏は婚姻中の氏と同じになります。

本来であれば、復氏することで呼称上の氏も婚姻前の氏に戻り、婚姻中の氏に変更するためには、家庭裁判所で氏の変更許可を得なくてはなりません。

婚氏続称は、離婚から3ヶ月に限り正規の手続で家庭裁判所の許可を得なくても、届出で婚姻中の氏に変更できるようにしたものです。

鈴木太郎さんと佐藤花子さんが、夫婦の氏を鈴木と定めて婚姻し、離婚したとします。

【婚姻前】
鈴木太郎(民法上の氏:鈴木、呼称上の氏:鈴木)
佐藤花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:佐藤)

【婚姻中】
鈴木太郎(民法上の氏:鈴木、呼称上の氏:鈴木)
鈴木花子(民法上の氏:鈴木、呼称上の氏:鈴木)

【離婚時に婚氏続称をしない場合】
鈴木太郎(民法上の氏:鈴木、呼称上の氏:鈴木)
佐藤花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:佐藤)

【離婚時に婚氏続称をした場合】
鈴木太郎(民法上の氏:鈴木、呼称上の氏:鈴木)
鈴木花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:鈴木

婚氏続称をしたことで、民法上の氏と呼称上の氏が異なっています。

外国人との婚姻における外国姓への変更

日本人同士の婚姻では、夫婦が同じ戸籍に入るため、夫婦の一方が氏を改めます。しかしながら、外国人には戸籍がないので、外国人と日本人の婚姻では、日本人を筆頭者とする戸籍となって外国人の氏に改めることができません。

戸籍を持たない外国人は、日本人を筆頭者とする戸籍には入ることはできず、配偶者氏名として日本人の身分事項欄に記載されます。

そして、日本人は婚姻時に氏を改めていないことから、離婚をしても復氏という概念がなく、戸籍は変動せずにそのままです。

ところで、戸籍法第107条第2項の規定により、婚姻から6ヶ月以内に限っては、「外国人との婚姻による氏の変更届」によって、本来であれば必要な家庭裁判所の許可を得ずに、外国人の氏へ変更することができます。

この場合、呼称上の氏が外国人の氏に変更されるだけです。

離婚時には「外国人との離婚による氏の変更届」によって、婚姻前の氏へ戻すこともできますが、外国人の氏へ変更したときも民法上の氏は変更されていないのですから、こちらも呼称上の氏を婚姻前に戻すだけです。

ビル・スミスさんと佐藤花子さんが、婚姻して離婚したとします。

【婚姻前】
佐藤花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:佐藤)

【婚姻時に外国姓へ変更しない場合(離婚しても変わらず)】
佐藤花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:佐藤)

【婚姻時に外国姓へ変更した場合】
スミス花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:スミス

【婚姻時に外国姓へ変更して離婚時に日本姓へ変更しない場合】
スミス花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:スミス

【婚姻時に外国姓へ変更して離婚時に日本姓へ変更した場合】
佐藤花子(民法上の氏:佐藤、呼称上の氏:佐藤)

外国人姓にすると、民法上の氏と呼称上の氏が異なります。民法上の氏は婚姻・離婚・外国姓への変更で全く変わりません。

子の入籍と民法上の氏

前述のとおり、親と別戸籍の子を親の戸籍に入れることができるかどうかは、親子で民法上の氏が同じかどうかで決まります。そのため、親と民法上の氏が同じ子と、親と民法上の氏が異なる子では、入籍までの手続が異なります。

これまでと同じように、鈴木太郎さんと佐藤花子さんが婚姻して離婚する例を使って説明しますが、佐藤花子さんには連れ子である梅子さんがいるとしましょう。

婚姻前の戸籍は次のとおりです。

 鈴木太郎佐藤花子佐藤梅子
戸籍筆頭者鈴木一郎(父)佐藤花子
民法上の氏鈴木佐藤
呼称上の氏鈴木佐藤

鈴木太郎さんと佐藤花子さんが、夫婦の氏を鈴木と定めて婚姻し、鈴木太郎さんを筆頭者とする新戸籍が編成されます。佐藤花子さんは戸籍から抜けて新戸籍へ異動しますが、佐藤梅子さんの戸籍に動きはありません。

 鈴木太郎鈴木花子佐藤梅子
戸籍筆頭者鈴木太郎佐藤花子(除籍)
民法上の氏鈴木佐藤
呼称上の氏鈴木佐藤

その後、鈴木夫妻に次郎さんが生まれました。

 鈴木太郎鈴木花子鈴木次郎佐藤梅子
戸籍筆頭者鈴木太郎佐藤花子(除籍)
民法上の氏鈴木佐藤
呼称上の氏鈴木佐藤

鈴木夫妻は離婚して、鈴木花子さんは佐藤へ復氏しますが、婚氏続称を選んで新戸籍が作られます。民法上の氏は佐藤、呼称上の氏は鈴木です。

 鈴木太郎鈴木次郎鈴木花子佐藤梅子
戸籍筆頭者鈴木太郎鈴木花子佐藤花子(除籍)
民法上の氏鈴木佐藤佐藤
呼称上の氏鈴木鈴木佐藤

この状態で、鈴木花子さんとは別戸籍の鈴木次郎さんと佐藤梅子さんを、鈴木花子さんの戸籍に入れることを考えてみましょう。

鈴木太郎さんは民法上の氏が鈴木、鈴木花子さんは民法上の氏が佐藤で異なるため、家庭裁判所で子の氏の変更許可を得てから、審判書を添付した入籍届(母の氏を称する入籍届)で入籍できます。

佐藤梅子さんは民法上の氏が佐藤、鈴木花子さんは民法上の氏が佐藤で同じですから、呼称上の氏が異なっても入籍届(母と同籍する入籍届)だけで入籍できます。

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