選択的夫婦別姓訴訟の評価と大人のダークな戦い

2018年1月、呼称上の氏による選択的夫婦別姓(以下、呼称上の選択的夫婦別姓)を目指した新たな訴訟(以下、当訴訟)が提起されました。当訴訟は、従来から争われている選択的夫婦別姓訴訟と争点が異なるものです。

選択的夫婦別姓に賛同の立場でも、当訴訟には賛否両論あり、民法第750条の改正、つまり民法上の氏による選択的夫婦別姓(以下、民法上の選択的夫婦別姓)を目指している人たちの一部から批判を受けています。

当サイトでは、「呼称上の氏による選択的夫婦別姓と戸籍制度」にて、氏の変更制度が不均衡であること、当訴訟で原告勝訴となった場合の戸籍制度、当サイト管理人が感じた疑問点などを記しました。

それで終わるつもりだったのですが、当訴訟に否定的な意見の多くは、呼称上の氏に対する理解が根本から間違っているので、追加で本記事を書き起こした次第です。

本記事は、民法上の氏と呼称上の氏という、氏の二重概念を理解している前提で説明しています。そのため、民法上の氏と呼称上の氏が良くわからない場合には「民法上の氏と呼称上の氏って知っていますか?」を先にご覧ください。

また、「呼称上の氏による選択的夫婦別姓と戸籍制度」の反響が思いのほか大きく、おまけに公開から3ヶ月後の2018年5月には、どういうわけか偶然にも全く同じ論点を指摘したジャーナリスト?が、SNSで原告に直接切り込んでいました(当サイト管理人ではありませんので念のため)。

上記の記事は、当サイトのテーマである調停に関連して、氏と戸籍の理解を深めてもらうための補助記事でしたが、選択的夫婦別姓の議論が広がることは大いに歓迎しています。

当サイト管理人のスタンス

説明しておかないと誤解を受けそうなので、最初に書いておきます。

当サイト管理人は、選択的夫婦別姓を支持している一方で、その経緯については、正直どのようなルートでも構わないスタンスです。

もちろん、長きにわたり争われてきた、民法上の選択的夫婦別姓がゴールだとは思いますが、夫婦別姓を望む側にしてみれば、期待して失望し、また期待して失望が続いてきました。

ですから、夫婦同姓の強制が理由で苦しんでいる人たちは、その一部だけでも早く救われてほしい。それだけです。

ただ、当訴訟が原告勝訴で終わることを期待していても、原告の手法には違和感を覚えています(理由は前述の記事で述べています)。

呼称上の氏が通称だと思っている時点で間違い

当訴訟への指摘の1つに、「通称使用の拡大」なので夫婦別姓とは呼べないとする論調があります。

しかも、あろうことか原告側からも、当訴訟が通称使用に法的保護を与える目的であるかのような声が聞こえます。

しかし、呼称上の氏を正しく理解している人、例えば戸籍実務の担当者や戸籍の研究者は、呼称上の氏を通称だとは思ったこともないでしょう。

なぜなら、呼称上の氏を変更すると、変更後の氏で戸籍が編製される(もしくは更正される)からです。戸籍上の氏が変わるので、当事者は変更後の氏を「公称」しなくてはなりません。

つまり、呼称上の氏は、単なる「通り名」や「俗称」に過ぎない通称とは違い、法令で定められた手続によって変更が許され、公称すべき「氏」だということです。

もし、呼称上の氏を変更する当訴訟の方法論が、通称使用の拡大だと指摘するなら、少なくとも呼称上の氏を変更した全員が、通称で生活している大変なことになるのですが……

氏を含め、個人の属性を公的に証明しているのが戸籍です。私たちは、自らを表明するために、必要に応じて公的書類である戸籍謄本を使っています。

その戸籍に記載されている氏が通称に過ぎず、何の法的保護もないとすれば、戸籍謄本は氏の証明にならないと言っているようなもので、いくら何でも無理筋ではないですか?

過去に否定された通称制度

今から20年以上前の1996年に、法制審議会が選択的夫婦別姓を盛り込んだ民法改正案を答申する際、民法部会では3つの試案が出されました。

【A案】
原則は婚姻時に夫婦同姓となるが、別姓とすることもできる。
※民法上の選択的夫婦別姓です。

【B案】
原則は婚姻時に夫婦別姓となるが、合意があれば同姓とすることができる。
※民法上の選択的夫婦別姓です。

【c案】
夫婦同姓は変えず、婚姻で改氏した夫婦の一方に旧姓の通称使用を法律上認める。
※民法上の選択的夫婦別姓でも呼称上の選択的夫婦別姓でもありません。

どの案も、呼称上の選択的夫婦別姓でないことに注意してください。

A案とB案は、別姓に消極的か積極的かという違いで、最終的に支持されたのはA案です。通称使用に法的保護を与えるC案はごく少数にしか支持されませんでした。

C案が支持されなかったのは、通称使用を認めても、夫婦が同姓であることに変わりなく、夫婦別姓の理念に反しますし、民法上の氏でも呼称上の氏でもない通称制度が混乱を招くからです。

そして、当訴訟に問題提起したある記事には、このC案に類似するケースとして当訴訟を評価したものがありました。

あえて誤認記事を出した可能性すらある

C案に類似するケースと当訴訟を評価した記事の執筆者は、民法上の選択的夫婦別姓を目指す立場のようです。

当該記事を目にした当サイト管理人は、率直に「この人は何を言ってるの?」と驚きました。通称と呼称上の氏が類似するはずはなく、不勉強も甚だしい誤認記事だという印象です。

しかし、よくよく考えてみると、民法上の選択的夫婦別姓を目指し、活動を続けてきた人が、肝心の氏に理解がないのは明らかに不自然ですよね。

そこで辿り着いたのは、当訴訟が原告勝訴に終わると、民法上の選択的夫婦別姓を目指す勢力が困るのではないかという憶測でした(理由は後述)。

だからこそ、通称と呼称上の氏を強引に結び付け、「通称だったら意味ないよね」とすることで、「やっぱり民法改正だ」という流れに誘導したい意図を感じてしまうのです。

当訴訟で、民法上の選択的夫婦別姓が実現されると誤解している人に、当該記事が警鐘を鳴らしたのは間違いなく、その点は評価しています。

ただし、当訴訟が通称使用の拡大だと述べているのは、作為的なミスリードによる情報戦略だとしか思えません。

実は呼称上の選択的夫婦別姓も民法部会で意見されていた

法制審議会の民法部会で試案として示されたのは、説明した3つの案でしたが、離婚後の婚氏続称制度との均衡上、呼称上の氏を使う制度が相当とする意見も出されていました。

法務省:婚姻制度の見直し審議に関する中間報告及び報告の説明(PDF)
※PDF上のP15上段中間付近

【婚氏続称】
離婚で旧姓に戻る側が、婚姻中の氏と同じ呼称・表記の氏を使い続けること。呼称上の氏を変更する典型的なパターン。

要するに、当訴訟と同じく呼称上の選択的夫婦別姓を考えていたメンバーが、当時の民法部会に存在したということです。

その意味で、当訴訟のロジックは新しいものではないですが、訴訟としては新しいのですから、冒頭では「新たな」訴訟と書きました。

C案に類似するとした記事の執筆者も、上記資料や類似資料を読んでいるはずで、通称と呼称上の氏が違うことくらいは当たり前に知っているでしょう。

それでも、あえて記事中では当訴訟を通称使用の拡大だと連呼し、印象を操作することが目的だったのではないか? 今はそう思っています。

二種類の選択的夫婦別姓と通称制度

民法上の選択的夫婦別姓、呼称上の選択的夫婦別姓、通称制度には異なる点があり、整理して比較することはとても大切です。

 民法上の扱い戸籍上の扱い(参考)子の氏
民法上の選択的夫婦別姓別姓別姓婚姻の際に定める※1
呼称上の選択的夫婦別姓同姓別姓民法上の氏
通称制度同姓同姓民法上(=戸籍上)の氏
※1 1996年に法制審議会が答申した民法改正案より

いずれも、提訴または議論されましたが、未だ実現には至っていません。これからもどうなるのか不透明です。

民法上の選択的夫婦別姓

民法上の選択的夫婦別姓は、民法第750条が夫婦同姓を強制していることに正面から対峙して、夫婦別姓の理念を貫こうとするものです。

当訴訟が提起されるまでは、選択的夫婦別姓=民法上の選択的夫婦別姓であり、民法第750条の改正以外に実現する方法はありません。

夫婦同姓(夫婦の氏を強制されること)が、不平等もしくは差別的で受け入れられないというのであれば、民法上の選択的夫婦別姓が唯一の解決策でしょう。

また、民法上も戸籍上も別姓となりますので、呼称上の選択的夫婦別姓(戸籍上のみ夫婦別姓)を内包しています。

民法上の選択的夫婦別姓が実現されると、呼称上の選択的夫婦別姓は必要ありません(あえて民法上は同姓、戸籍上で別姓にしたい人を除く)。

問題は、過去40年もの長い間実現できていないことです。

制度の青写真はできているが国会には期待薄

民法上の選択的夫婦別姓を前提にした戸籍は、別氏夫婦と夫婦の子を同一戸籍にする案が、前述の法制審議会と同時期に民事行政審議会から答申されており、法改正と戸籍制度の両方で青写真は既にできています。

したがって、立法府(国会)が動けば実現するところ、法制審議会の答申から20年以上も進まない現実を考えると、今のところ国会には期待できません。

そこで、司法から実現するべく訴訟を起こすも、高い民法改正のハードルを越えられず、直近では2015年に最高裁が民法第750条を合憲としました(反対意見あり)。

2018年にも訴訟は提起されているので、悲願達成となれば良いのですが……

呼称上の選択的夫婦別姓

当訴訟で原告が目指す呼称上の選択的夫婦別姓は、民法上での夫婦同姓を認め、戸籍上で選択的夫婦別姓を実現しようとするものです。

婚姻で氏を改めた夫婦の一方(以下、改氏配偶者)が、呼称上の氏(戸籍上の氏)を旧姓に変更することで、旧姓を公称できるようにします。

この方法が優れている点は2つあります。

1つは、現行の戸籍法に規定された氏の変更手続を適用すれば良いので、戸籍法(手続法)の改正で対応でき、民法(実体法)よりは改正のハードルが低いと思われること。

ハードルが低いと思う理由ですが、民法上の選択的夫婦別姓は、過去に合憲とされた民法第750条が、違憲であることを裁判所に認めさせなくてはなりません。

それに対し、呼称上の選択的夫婦別姓は、戸籍法による氏の変更が、改氏配偶者のみ利用できないという手続上の不平等を争点としているため、手続保障の平等性を考えれば、裁判所に認められやすいと考えるからです。

もう1つは、夫婦別姓を望む夫婦の中で、民法上は同姓でも戸籍上で別姓なら、実生活は別姓なので問題ないと考える夫婦が救われることです。当サイト管理人は、この点を最も評価しています。

その反面、改正が不可欠な戸籍制度は議論が必要ですし、依然として民法上では夫婦同姓なので、民法上の選択的夫婦別姓を目指す立場から批判されているのは、これまで説明してきたとおりです。

民法改正の機運を低下させるかもしれない

民法上の選択的夫婦別姓を目指す立場からすると、呼称上の選択的夫婦別姓は言わば「正道」から外れており、到底受け入れられないのかもしれません。

そして、呼称上の選択的夫婦別姓は、夫婦別姓の実益(夫婦が別姓で生活できること)が達成されるため、民法改正までは必要ないと考える人が増えるでしょう。

特に、最高裁がそうした判断をすると致命的で、民法上の選択的夫婦別姓までの「つなぎ」ではなく、呼称上の選択的夫婦別姓で終わるかもしれないという懸念があります。

ゴール地点を民法上の選択的夫婦別姓とするならば、この懸念は無視できるものではなく、当訴訟が攻撃されるのも腑に落ちます。

民法第750条を合憲とした最高裁判決(2015年12月16日)では、改氏配偶者の不利益を「氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るもの」としています。

法的保護のない通称使用でもこの解釈ですから、戸籍という法律保護のある呼称上の氏では、改氏配偶者の不利益が解消されたと解釈されかねません。

そうすると、改氏配偶者の不利益を訴える根拠が希薄になります。

通称制度

民法上も呼称上も夫婦同姓を保ち、通称としての旧姓使用に法的保護を与える、もしくは拡大していくための法整備を進めます。

通称制度が優れている点は、改氏配偶者に旧姓使用の便益を与えても、法制度には大きく影響を与えないことです。

それもそのはず、公称する氏は何も変わらないのですから、むしろ選択的夫婦別姓の反対勢力(例えば日本会議)に通称制度は支持されています。

また、少しずつ通称としての旧姓使用が許容される社会になってきたことも、最終的に法的保護へと向かう上で好都合でしょう。

ただし、法制審議会のC案でも説明したので繰り返しとなりますが、氏ではない通称の使用は、改氏配偶者に2つの「呼称」を与えるもので混乱を招きやすく、選択的夫婦別姓とは完全に異なります。

困るのは、通称を使用された側が、氏と同等に通称を扱わなければ、実質的に無意味となる(結局は戸籍上の氏を求められる)ことです。社会に通称使用を受け入れる風土が求められます。

なお、親子の氏の同一性を考えて、戸籍上は夫婦同姓にしておきながら、仕事などは区別して旧姓を使用したい場合、通称制度でしか実現できません。

現状は通称使用の拡大に向かっている

住民票やマイナンバーカードの旧姓併記が、既に動き出していることでもわかるように、現状は通称使用の拡大に向かっています。

パスポートや運転免許証、他にも国家資格の免許・免状など、個人を特定する用途に使われる書類等は、今後も旧姓併記がされていくのでしょう。

民法上の選択的夫婦別姓が、20年以上も置き去りにされているのとは対照的に、通称使用の拡大は比較的スムーズです。

この違いは、選択的夫婦別姓に反対の勢力が、政権与党の多数派であることを端的に表しており、民法上の選択的夫婦別姓が国会に期待はできないとした理由です。

同じく、呼称上の選択的夫婦別姓も、立ち位置が異なる通称制度とは同調できるはずもなく、今後の司法判断が待たれます。

理念と実益の選択

これまで、二種類の選択的夫婦別姓と通称制度を説明してきました。

ここで視点を変えてみると、法律上の夫婦別姓であることが理念なら、生活上の夫婦別姓であることは実益です。

対極にある民法上の選択的夫婦別姓と通称制度では、民法上の選択的夫婦別姓が理念を重視しているのに対し、通称制度で得られるのは実益のみです。

では、呼称上の選択的夫婦別姓はどうでしょうか。

呼称上の選択的夫婦別姓は中間的

呼称上の選択的夫婦別姓は実益を重視していますが、その一方では、戸籍法上で認められた氏を使うので、理念の一部を継承していると言えなくもないでしょう。

もっとも、理念とは民法上での夫婦別姓だと断じてしまえば、1か0の二極論になって、中間的な呼称上の選択的夫婦別姓に出番はありません。

また、民法上の夫婦同姓を、人権侵害や男女差別の問題として捉えた場合、解消できるのは民法上の選択的夫婦別姓だけです。

理念と実益の選択において、実益に走るのは危ないという論調も見受けられますが、理念に捉われて何も前進しないのは困りますよね。

各制度を評価するポイントは、この辺の感覚にありそうです。

別姓を望む夫婦にも2通りの考え方がある

別姓を望む夫婦に、認識として共有されているのが「別姓夫婦での生活」であることは間違いありません。

しかしながら、婚姻時に夫婦同姓が強制されることを全く受け入れられない夫婦と、法律上決められているので仕方ないが、実生活は別姓でありたい夫婦に分かれると思っています。

前者は民法上の選択的夫婦別姓でしか希望は叶わず、後者はどちらの選択的夫婦別姓でも(社会に浸透すれば通称制度でも)希望を叶えることが可能です。

したがって、民法上の選択的夫婦別姓は、別姓を望む全ての夫婦を救いますが、呼称上の選択的夫婦別姓は、別姓を望む一部の夫婦しか救えません。

この点は、決定的かつ重要な違いです。

そして、一部の夫婦を救うことができる当訴訟の新たな方法論は、選択肢が増えた後者にとって歓迎すべきことでしょう。

まとめ

【民法上の選択的夫婦別姓】

  • 対象者:夫婦同姓の強制が人権侵害や男女差別だと考える人
  • 法改正:民法第750条の改正
  • 必要条件:民法第750条による夫婦同姓への違憲判決
  • 戸籍:改正されるが別氏夫婦同籍で検討済み
  • 備考:過去40年間実現できなかった悲願

【呼称上の選択的夫婦別姓】

  • 対象者:生活上(戸籍上)で夫婦別姓なら問題ない人
  • 法改正:戸籍法の改正(氏の変更制度を拡充)
  • 必要条件:改氏配偶者が氏を変更できないことに対する違憲判決
  • 戸籍:改正されるため検討が必要
  • 備考:新たな争点で今後の展開は不明

【通称制度】

  • 対象者:夫婦同姓で構わないが旧姓も使いたい人
  • 法改正:通称使用を拡大するために必要な各法律
  • 必要条件:通称使用を受け入れる社会基盤の整備
  • 戸籍:影響はない(もしくは少ない)
  • 備考:現状で拡大する方向が推進されている

理想を民法上の選択的夫婦別姓とするなら、その一部(戸籍上の夫婦別姓)を実現するのが呼称上の選択的夫婦別姓、通称制度は夫婦同姓が前提で、そもそも選択的夫婦別姓ではありません。

選択的夫婦別姓と通称制度を切り分けるのは当然だとして、民法上の選択的夫婦別姓と呼称上の選択的夫婦別姓も違いは明確です。

どのような選択的夫婦別姓を望んでいるのか、その考え方によって、支持する制度が決まるのではないでしょうか。

最後に

自分の主義・主張こそが正しいと信じて進むのは、いずれを支持する立場においても同じです。対立する相手を攻撃するのも良くあることです。

ただ、俯瞰で見ている第三者は、もっと中立的な視点で各々の主張を見極め、情報を精査して支持・不支持を決めるべきでしょう。

不利益な情報を隠したり、もっともらしく嘘を流布させたりして、印象操作しようとする大人のダークな戦いに影響されてはなりません。情報を発信者のステータスだけで判断してもいけません。

大きなムーブメントを起こすために、情報戦略や多方面への働きかけが必要なのは理解しますが、傍観者は常に冷静でありたいものです。

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