扶養に関する費用は強制執行に特例がある

婚姻費用、養育費、扶養料のように、扶養義務に基づいて発生する費用の請求権(金銭債権)については、強制執行に特例が設けられています。

その理由は、扶養に関する費用が他の金銭と違い、被扶養者(債権者)の生活を維持する目的の性質で、少しでも確実に支払われる方法を必要とするからです。

特に、養育費(または養育費を含む婚姻費用)が支払われないと、扶養されなければ生きていけない子にとって緊急事態なので、優先されるのも当然でしょう。

具体的には、他の金銭債権では認められない次の内容が規定されています。

  1. 将来分も強制執行可能
  2. 給料等を1/2まで差し押さえ可能
  3. 間接強制が可能

これらの規定がある理由を、順に解説していきますので、扶養に関する費用の未払いで困っている人は、できれば強制執行の活用を考えてみてください。

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1.将来分も差し押さえ可能

養育費や婚姻費用の支払いは、一定期間の全額や一時金ではなく、「毎月○○日に○○万円支払う」などの定期的な支払期限を定めるのが通常です。

そうしないと、生活(扶養)に必要な金額以上を先に受け取ることになりますし、支払う側(債務者)にとっても一度に支払う額が大きすぎるからです。

このように、支払期限(確定期限といいます)のある債権は、原則として民事執行法第30条第1項の規定により、支払期限が来る前に強制執行することができません。

民事執行法 第三十条第一項
請求が確定期限の到来に係る場合においては、強制執行は、その期限の到来後に限り、開始することができる。

これは、強制執行以前の問題として、支払期限が来る前に支払いを強制できないのと同じです。例えば、毎月末日を支払期限とした場合、債務者の視点では毎月末日まで支払わなくて良い利益となります(期限の利益といいます)。

したがって、「債務者が支払期限まで支払わなくて良い利益」を無視し、まだ未払いにもなっていないのに、強制執行での回収は許さないというわけです。

未払いになれば強制執行できるが……

未払いとなる前に強制執行できないのは仕方がないとしても、扶養に関する費用は債権者に必要な生活費ですよね。定期的な支払いが仇となり、一度未払いになっただけでも債権者が生活できない状況になりかねません。

また、一旦は強制執行で回収するとして、次の支払期限でも未払いなら、再び強制執行を申し立てるのは、債権者の手続負担が重すぎるでしょう。

扶養に関する費用は、毎月分の支払いとすることが多く、自発的に支払う意思のない債務者に対して、毎月のように強制執行が必要になってしまいます。

将来分の履行確保と手続負担の緩和

正当な請求権を持つ債権者が、扶養に関する費用の未払いで生活に困窮し、なおかつ強制執行の手続負担を何度も強いられるのはあまりにも酷です。

そこで、民事執行法第151条の2により、扶養に関する費用で債務不履行(未払い)がある場合は、支払期限が来ていない将来分も強制執行できるようになっています。

民事執行法 第百五十一条の二
債権者が次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権を有する場合において、その一部に不履行があるときは、第三十条第一項の規定にかかわらず、当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる。

一  民法第七百五十二条の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務

二  民法第七百六十条の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務

三  民法第七百六十六条(同法第七百四十九条、第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務

四  民法第八百七十七条から第八百八十条までの規定による扶養の義務

2  前項の規定により開始する債権執行においては、各定期金債権について、その確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権のみを差し押さえることができる。

第1項第1号(夫婦間の協力扶助費用)は、事実上で第1項第2号(婚姻費用)に内包され、第1項第3号(養育費)、第1項第4号(扶養料)と併せて対象は3つです。

注意するべきは第2項で、将来分を差し押さえることができるといっても、支払期限の前に債権者が手にする給料等を差し押さえることはできません。

第2項はわかりにくいので具体的に説明すると、例えば、毎月25日が給料日の債務者から、毎月28日に養育費が支払われるとします。

1月28日の養育費に対して、差し押さえることができるのは2月以降の給料です。1月28日の支払期限に備えて、1月25日の給料を事前に差し押さえることはできません。

しかし、毎月10日が養育費の支払期限だった場合は、1月10日の養育費に対して、1月25日の給料を差し押さえることは可能です。給料日が支払期限の後に来ているからです。

いずれにしても、将来の支払期限日→その後の給料差押えを全額回収まで続けることで、債務者は給料から養育費が天引きされるのと同じ形になり、債権者は差し押さえた給料から養育費を受け取ることが可能になります。

2.給料等を1/2まで差し押さえ可能

債務者の給料等を差し押さえる際は、差押えによって債務者が著しく困窮するのを防ぐ目的から、民事執行法第152条で差押禁止の範囲が定められています。

差押えが禁止されるのは、退職手当を除く給料等なら月額33万円(民事執行法施行令第2条)を上限とする3/4、退職手当なら上限なしの3/4です。

民事執行法 第百五十二条
次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。

一  債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権

二  給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権

2  退職手当及びその性質を有する給与に係る債権については、その給付の四分の三に相当する部分は、差し押さえてはならない。

3  債権者が前条第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権(金銭の支払を目的とする債権をいう。以下同じ。)を請求する場合における前二項の規定の適用については、前二項中「四分の三」とあるのは、「二分の一」とする。

しかし、扶養に関する費用だけは、第3項の規定により、差押禁止の範囲が3/4から1/2まで縮小しています。1/4までしか差押えできなかった給料が、1/2まで差押えできるようになっているのです。

この規定が設けられている背景には、差押えの競合に対する履行確保の強化と手続負担の緩和に加え、扶養に関する費用の算定過程が関係してきます。

差押えの競合と手続負担の緩和

給料等の1/2まで差押えが認められるのは、扶養に関する費用だけです。

ということは、債務者が多重債務に陥り、借金など他の一般債権者と差押えが競合しても、他の一般債権者は1/4までしか差し押さえできず、扶養に関する費用の債権者は、少なくとも差し押さえた(競合しない)残りの1/4を回収することができます。

また、差押禁止債権には範囲変更(民事執行法第153条)も認められていますが、1/4の差押えでは扶養に不足する債権者が、差押禁止債権の範囲変更を申し立て、その理由を疎明していくのでは手続負担が重くなります。

よって、最初から給料等の1/2まで差押えを認めることで、差押禁止債権の範囲変更申立てをしなくても済み、扶養に関する費用の債権者は手続負担が緩和されます。

扶養に関する費用は支払い能力がある前提

強制執行するためには、そもそも債務名義と呼ばれる文書が必要です。

調停調書のように、債権者と債務者が誰でどのような債権債務が存在するか、公的に証明してくれる文書のこと。

債務名義は、基本的に裁判所手続や公証手続を経ているので、元から債務者の支払い能力を考慮して(もしくは債務者の合意によって)扶養に関する費用が定められています。

ゆえに、扶養に関する費用で債務名義が存在すれば、支払い能力のある債務者の給料等を1/2まで差し押さえても、不当にはならないと考えられているのです。

もっとも、扶養に関する費用は、被扶養者の生存と直結するのですから、一般債権よりも優先すべき背景があるのは言うまでもありません。

3.間接強制が可能

間接強制とは、債務を履行しない債務者に対して、本来の債務とは別に間接強制金(制裁金)の負担を課すことで、債務の履行を促す強制執行です。

ただし、原則として金銭債権に間接強制は使えません。直接強制で財産の差し押さえが可能な金銭債権は、間接強制するまでもなく直接強制すれば良いので、間接強制は不必要なだけではなく、その効果も期待できないからです。

しかしながら、扶養に関する費用だけは、民事執行法第167条の15第1項により、債務者の支払い能力が不足しない前提のもとに、間接強制も可能になっています。

民事執行法 第百六十七条の十五第一項
第百五十一条の二第一項各号に掲げる義務に係る金銭債権についての強制執行は、前各款の規定により行うほか、債権者の申立てがあるときは、執行裁判所が第百七十二条第一項に規定する方法により行う。ただし、債務者が、支払能力を欠くためにその金銭債権に係る債務を弁済することができないとき、又はその債務を弁済することによつてその生活が著しく窮迫するときは、この限りでない。

条文中、第172条第1項に規定する方法が間接強制で、扶養に関する費用だけ間接強制が認められているのは、給料等の差押可能な範囲が1/2まで拡張されたように、債務者の支払い能力が足りていると想定するからです。

なお、間接強制金の支払いも不履行になった場合は、未払いの扶養に関する費用と間接強制金を、直接強制によって回収することになります。

また、扶養に関する費用では、6か月以内に支払期限が来るものについても間接強制が認められています(民事執行法第167条の16)。

あとがき

十分な収入があるのに、扶養義務を無視する道義に反した相手には、国家権力を使ってでも無理やり支払わせるべきですよね。それが夫婦となる責任、子をもうける責任、家族としての責任ですから……。

本当に相手が生活に困っていれば、無いところからは取れませんし、追い詰めても逆効果ですが、未払いにする多くの人は単に「払いたくないだけ」です。

説明してきたとおり、扶養に関する費用は強制執行での回収が優遇されています。これを利用しない手はなく、未払いに泣き寝入りせず強制執行を使いましょう。

ただ、長い間連絡を取っていないと、本当に事情が変わって未払いになっている可能性もあります。差押えが不意打ちになって相手の生活が破綻し、結局は回収が続かない事態もないわけではありません。

減額すれば払ってくれるなら、1円も得られないよりマシで、強硬な手段だけを考えず、長く払ってくれる方法に譲歩するのも大切です。

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