退職金の財産分与と算定方法

財産分与は、離婚時(または別居時)の夫婦の共有財産を分け合うもので、将来受け取るはずの退職金が、財産分与の対象になることは不思議に思うでしょうか?

退職金は、長期間の功労に対する手当でもありながら、日々の労働の対価として支払われる給与の一部が、後でまとめて支払われる性質を持っており、一般には勤続年数が長いほど多くなります。

したがって、婚姻中の勤続期間で増加した相当額は、夫婦により形成されたと考えるのが妥当で、財産分与の対象になります。

仮に離婚がなければ、退職金は夫婦の収入として扱われるはずですし、退職金制度がない代わりに、相当額が毎月の給与に加えられて分割支給されていたら、やはり夫婦の収入になるはずです。

ですから、受け取るのが退職時や退職後になるだけで、婚姻中に生じていると考えれば少しは理解しやすいでしょう。

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Step1.退職金の財産分与は婚姻期間が対象

最も簡単な例では、結婚と同時に就職、離婚と同時に退職して退職金を得た場合で、退職金の全てが婚姻期間中の労働による結果ですから、基本的に2分の1で分けるだけです。

婚姻期間中に、就職と退職をした場合の退職金も、同様に全て婚姻期間中なので(既に費消されていなければ)財産分与は容易です。

しかし、実際は結婚前から就職しているのがほとんどですし、離婚後に退職するケースも多いことから、退職金総額の中で婚姻期間に相当する金額を求めなくてはなりません。

退職金が勤続期間に応じて上昇する性質上、勤続期間に対する婚姻期間の割合を求めて計算するのが通常です。

財産分与対象額=退職金総額×婚姻期間÷勤続期間

ここで注意したいのは、勤続期間に対する婚姻期間で計算する方法では、退職金が定額で増加していくことを前提としている点です。

確かに、勤続年数に対して定額で増加していく退職金もありますが、多くの企業では退職時の基本給と、勤続年数で異なる支給率を使用しており、入社時と退職時では算定の基礎がまるで違います。

それでも、勤務先に退職金の計算方法を公開させるのは現実的ではなく、婚姻期間を使うのが公平性もあり妥当だと考えられています。

理論的には、離婚時に退職したと仮定した退職金から、婚姻時に退職したと仮定した退職金を引けば、婚姻期間中の退職金相当額を求められ、そのように厳密な計算がされる場合もあります。

Step2.夫婦関係の悪化による別居期間は考慮される

婚姻期間において別居期間があると、別居の理由が転勤等で夫婦関係が良好なら、夫婦の協力があるので別居期間を含み、夫婦関係が悪化して別居しているなら、別居期間を含めるべきではないとされています。

財産分与対象額=退職金総額×(婚姻期間-別居期間)÷勤続期間

ところが、別居していても完全に夫婦の協力がないとは限らず、子供と一緒に暮らす側は最低でも育児を行っています。

収入もないのに、養育が必要な子供を置いて出ていき、相手から生活費を受け取って暮らす無責任な状態ならともかく、育児をしている限りは夫婦に協力があったとみなして不思議ではありません。

一方、同居していても一切の家事を放棄し、無駄に生活費を費消するような状態なら、夫婦は協力しておらずその期間を除外するべきです。

結局は同居・別居に大きな意味はなく、事情を考慮した上で、夫婦が協力していた期間に着目して期間を定めるべきでしょう。

そこで、夫婦に協力があった期間を「婚姻中の協力期間」と変えてみます。

財産分与対象額=退職金総額×婚姻中の協力期間÷勤続期間

これで財産分与対象額までは求められます。

Step3.最終的な分与額は寄与度での調整も可能

基本的な財産分与の割合は2分の1でも、大きく貢献が異なれば、退職金も当然に寄与度(寄与率)を考慮するべきです。財産分与対象額に、被分与者(受け取る側)の寄与度を掛けると財産分与額が求められます。

財産分与額=退職金総額×(婚姻中の協力期間÷勤続期間)×被分与者の寄与度
※寄与度は夫婦合計で1.0となるように分けた小数値

しかしながら寄与度の判定は難しく、プライベートな夫婦の生活様態を、争いの中で細かく明かしていくのも困難でしょう。

そこで、退職金が個人の優れた能力によって得られていたり、夫婦の収入が同等なのに家事労働は著しく差があったりするなど、特別な事情があるとき以外は、寄与度を0.5(2分の1)と考えるのが通常です。

退職金を受給した後の財産分与

退職金を受け取っている場合(受給額が確定して近日中に受け取る場合を含む)は、退職金の金額が明らかなので、財産分与に困ることはないと思われます。

争いがあるとすれば夫婦の寄与度ですが、最近の家庭裁判所の判断は、夫婦の一方が家事に専従していても概ね2分の1を認める傾向です。

退職金を受け取ってから長期間経過して離婚する場合には、退職金がいくら残っているか争いになると思うでしょうか?

しかし、退職金以外の財産も含め、夫婦の共有財産全体が財産分与の対象になることから、離婚時の共有財産で退職金残額がいくらであるかは重要ではありません。

「お金に色はない」と言われるように、離婚時に残っている現金や預貯金は同じ扱いを受けるからです。

ただし、受け取った退職金が、婚姻前から就職している勤務先から支給されたなら、婚姻までの期間に相当する部分は夫婦の収入ではなく、特有財産として財産分与の対象額全体から控除する必要があります。

退職金を将来受け取る予定の財産分与

将来受け取る予定の退職金は、必ずしも受け取ることができるとは限らず、昇給、倒産、リストラ、転職などの理由で増減が考えられます。

不確定な将来の退職金を、離婚時に確定して先に分与してしまうのは、分与する側にとってリスクが大きく、不確定な分だけ少なめにしてほしいと思うでしょう。

判例においては、何十年も先の退職金を財産分与の対象にするのではなく、せいぜい退職まで10年未満で、退職金を受け取ることが確定的だと思われる状況を前提に財産分与を認めています。

また、退職金の不確定要素を考慮して、分与額や分与割合が調整されることも多々あります。

将来の退職金を財産分与の対象にする場合、いくつか算定方法に種類があって、支払い時期の関係で次のように分かれます。

1.離婚時に退職したと仮定する方法

将来の退職金給付は未確定なので、離婚時に退職したと仮定し、受け取るべき退職金相当額を対象に財産分与します。

離婚前に夫婦が協力的ではない別居をして、そのまま離婚するケースでは、離婚時ではなく別居時に退職したと仮定する方法も用いられます。

いずれにしても、退職までの期間を問わない方法で、離婚時に分与額が確定するメリットを持っており、退職を仮定した退職金相当額の算定には勤務先の協力を必要とします。

ただし、受け取ってもいない退職金から財産分与する形になり、分与する側の負担が重いため、退職が近い将来なら実際に退職金を受給した時点での支払いとされることも多いようです。

2.将来の退職金受給時に支払う方法

退職までの期間が短ければ、実際に退職金を受給した時点で財産分与する方法(財産分与することを約束する方法)もあります。

離婚時に退職したと仮定する方法では、先に分与額を確定させてしまうことで、退職金額が想定外に増減する問題を残しますが、この方法では問題になりません。

その代わり、離婚時に分与額が確定できないことはもちろん、支払いを請求できなくなるリスクも考えておくべきです。

将来の退職金受給時に財産分与するリスク

将来の退職金受給と同時に財産分与を請求するためには、受け取る側が相手の退職金受給を知らなくてはなりません。ですが、定年退職なら把握できても、自己退職されると離婚後では把握できないでしょう。

自己退職で持ち逃げされるリスクの他、退職金を全て使われるリスク、退職金を別の資産に換えて隠されるリスクもあります。

一般的な退職金の算定方法では、自己退職すると支給率が下がります。しかしながら、財産分与で失う(支払う)金額を考えると、支給率を下げてでも、全額確保できたほうが得になるケースも多いのです。

相手がどこにいるかわからない、既に退職金が失われている(所在がわからない)など、強制執行すら実効性を伴わない状況も十分にあり得ます。

退職金の財産分与が多くなりやすいのも退職金受給時

Step1で、多くの企業では退職時の基本給と、勤続年数で異なる支給率を使用していると説明しました。基本給は定年退職が最大値だと限らなくても、退職金支給率は定年退職を最大値とするのが普通です。

あくまでも例ですが、次のような基本給と支給率を考えてみます。

勤続年数基本給(A)支給率(B)退職金(A)×(B)
10年25万円5.0125万円
20年30万円11.0330万円
30年35万円18.0630万円
定年・40年以上40万円26.01,040万円

勤続10年で婚姻した夫婦が、婚姻期間20年(勤続30年)で離婚するとき、離婚時の退職を仮定した財産分与と、離婚から10年後(勤続40年)の定年で退職金受給時の財産分与を比較してみましょう。

簡単にするため、婚姻中の全期間を協力期間、被分与者の寄与度0.5としました。

離婚時の退職を仮定した財産分与

勤続30年の退職金相当額=630万円
婚姻中の協力期間=20年

財産分与額=630万円×(20年÷30年)×0.5=210.0万円

退職金受給時の財産分与

勤続40年の退職金=1,040万円
婚姻中の協力期間=20年

財産分与額=1,040万円×(20年÷40年)×0.5=260.0万円

【参考】厳密な計算方法の財産分与

勤続10年(婚姻時)の退職金相当額=125万円
勤続30年(離婚時)の退職金相当額=630万円

財産分与額=(630万円-125万円)×0.5=252.5万円

計算上の財産分与額は、退職金受給時のほうが高くなりました。その理由は、退職金が勤続年数と比例していない(勤続年数が長いほど増加率が大きい)のに、財産分与額は婚姻中の協力期間の割合で計算されるからです。

離婚から退職までの退職金が大きく増えた期間も、財産分与額の計算に含まれるからと説明したほうがわかりやすいでしょうか。

具体的には、退職金(相当額)は640万円から1,040万円の約1.65倍となり、婚姻中の協力期間の割合は0.66から0.5の約0.75倍となるので、両者をかけ合わせた結果は1を超えて財産分与額が増えます。

一流企業や公務員など、退職金が多ければ多いほど、その差は広がっていくと思われます。ただし、退職金制度によっては、むしろ減ってしまうかもしれないので、こういう事は鵜呑みにせず、きちんと計算して求めましょう。

3.退職金受給時よりも前倒しで離婚時に支払う方法

こちらも退職までの期間が短い場合ですが、退職金受給時の支払いで不安が大きいときは、前倒しで離婚時に財産分与することも可能です。もちろん、支払う側にそれだけの資金が必要です。

離婚時に支払いがあるのは、将来の未払いを予防する意味で財産分与を受ける側にメリットが大きく、後から起こりそうな争いの芽は早めに摘んでおくべきですよね。

しかし、将来(退職時に)受け取るはずの金額を離婚時に受け取るのは、先に受け取る利益が発生していると考えられ、その利益を控除した残りが分与されますので、一般に分与額は目減りします。

なぜ離婚時に受け取ると目減りするの?

退職時に受け取るべき分与額を、離婚時に受け取ってしまうと分与額が目減りする理由は、わかりにくいので少し説明を加えておきます。

身近な例として、月末の給料を月初に前払いで受け取るとします。月末は退職時、月初は離婚時、給料は退職金を頭に浮かべてください。

月末の給料を月初に受け取ると、月末まで使えないはずのお金を月初から使える利益があります。そして、月初に受け取ったお金を月末まで運用できる利益もあります。

運用できる利益とは、例えば月初から月末まで銀行に預けておくだけで、月末には本来受け取るべき給料よりも利息分だけ増えます(実際にはほとんど増えないですが利息が発生していることが重要)。

逆の視点では、月末の給料で完済する約束をして、月初にお金を借りるとしたら、いくら借りられるでしょうか? 月初に借りる金額は、利息が引かれているので確実に給料よりも少ないはずですよね。

どちらの場合も、月末の金額=月初の金額+利息になるのがミソです。

このように、将来受け取るはずの金額と同額を今すぐ受け取ると、将来までの利息も含めて受け取ってしまうことから、今すぐ受け取る場合は利息分を先に控除するのです。

これを中間利息控除といって、主に交通事故の損害賠償金額を算定する場面で使われています。また、投資分野でも採算性の判断として、同様の考え方が用いられています。

夫の定年退職は熟年離婚のタイミング

熟年離婚のタイミングは様々ですが、妻が離婚を考えるタイミングのひとつに、夫の定年退職があるのは間違いありません。

離婚後の生活を安定させるため、退職金の満額受給を待って財産分与を少しでも多くするメリットはもちろん、悪く言えば「取りっぱぐれがない」のが、定年退職後に熟年離婚する最大のメリットでしょうか。

また、夫が在職中に納付した厚生年金も、多くければ多いほど妻に年金分割できる金額も増えます。

  • 財産分与額が多くなる
  • 未払いが防止できる
  • 年金分割の金額も多くなる

この3つのメリットを、同時に達成できる定年退職での熟年離婚は、極めて合理的な選択だと認めるしかないですね。

あとがき

財産分与を受け取る側が、離婚後の生活保障になる財産分与を、少しでも多くしたいのは当然でしょう。

しかし、保証されない将来の支払いを期待するより、離婚時の財産分与で確保することをお勧めしたいです。そして、退職金は将来のお金ですから、金額が少なくなっても離婚時の財産分与を勧めます。

これは相手への信頼度でも変わり、退職金の財産分与を将来に持ち越してもリスクと考えない人がいるかもしれません。ただ、そのような信頼できる相手と離婚する事情が、世の中に多くあるとは思えませんが……。

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