家庭裁判所が親権者を決めるときの6つの基準

父母で親権者の協議が調わないと、家庭裁判所の調停・審判・裁判で親権者を決めることになります。自分の希望する親権者にならない場合、調停には合意せず容易に不成立にできますが、審判や裁判ではそうもいきません。

審判や裁判(判決)は家庭裁判所の判断なので、即時抗告や控訴によって続けて争う手段が残されているとしても、異議に理由がなければ却下や棄却になり、確定すると効力が生じて親権者が決まってしまいます。

家庭裁判所が親権者を決めるとき、最も重要とするのが子の利益と福祉です。つまり、子の将来のためになるかどうかで判断し、子への愛情が大きいと訴えたところで親権者になれるような簡単なものではないのです。

では、家庭裁判所は具体的に何を見ているのでしょうか?全ての事例において、個別の事情を鑑みて決めることは確かで、統一された基準はないのですが、次のような点で父母を評価しているとされます。

父母に関する事情

父母に関する事情は、どうしても父母を比べることで行われます。ただし、単に優劣を比べて判断するのではなく、子の監護にとって不十分ではないかどうかです。

例えば、父母に圧倒的な経済格差があったとしても、子の監護に必要な収入を確保できれば、それ以上の収入を必要としません。収入は就労以外にも公的扶助や養育費でカバーできますし、子の監護に大きな家が不可欠でもないからです。

父母の属性と資質

年齢、職業、収入、履歴(学歴、職歴、犯罪歴、婚姻歴等)、健康状態、性格、生活態度(過度の飲酒、暴力、浪費癖、異性関係、怠惰性)などです。

これらのうち、性格や生活態度を正確に把握することは難しく、調停での話し合いや、双方の主張を通じて把握していくことになります。

監護の態勢

監護の実績、経済状況(収入と支出、借金など)、居住環境、生活・教育環境、子と接する時間、監護を協力援助する親族の存在、兄弟が一緒に暮らせるかなどです。

子と接する時間は多いほうが良いですが、一方で収入との両立は難しいでしょう。したがって、勤務中は保育所、事業所内託児所、親族などに預けるのですが、第三者よりも親族による監護が好ましいのは言うまでもありません。

監護への意欲

親権者(監護者)になりたい動機、養育方針、子への愛情、面会交流への姿勢などです。これらは数字や状況で表現できる内容ではなく、調停ではどれだけ自分の真意を調停委員に伝えるかがポイントになります。

面会交流については、相手が子を虐待するなど著しい不利益が予想される状況を除き、協力的な姿勢が求められます。面会交流は子のためであり、親権も子のためで面会交流の拒絶は子のためにならないばかりか、子の奪い合いに発展する可能性があるからです。

子に関する事情

そもそも親権者を決めるのは、子の福祉にとってどちらの親元に置くのが相応しいかなので、必然的に父母に関する事情よりも子に関する事情が優先されます。事情とは、子の意向だけではなく、次のような内容が考慮されます。

子の心身の状況

年齢、性別、健康(身体的、精神的)、性格などです。性別は性差別に繋がるので考慮しない場合もありますが、ある程度の年齢からは、同姓の親のほうが一般に育てやすいのは確かなので、考慮されても仕方ないでしょう。

環境変化への適応性

兄弟姉妹との関係、学校や交友関係、非監護親との交流など現状に対する順応と、親権者が変わることによる影響です。環境の変化で子に与える影響は予測は難しく、現状が子のためにならないと判断されない限り、維持される方向でしょう。

基準1:乳幼児は母性の優先が原則

子が大きくなると、自我が目覚め、少しずつ自立して生活上も親離れが進んでいくので、親の性別による子育ての差異は(性に関する問題を除き)ありません。しかし、乳幼児について言えば、ことさら母性が優先される立場を取っています。

母性とは、字の通り母親が持つ母としての性質を意味するように思えますが、判例からは母性を母親に特定せず、母性的な関わりを持つ対象となった養育者とされます。

それでも、これまでの概念からは、母親が持つ子への全面的な包容や生理的に湧きおこる愛情を母性としており、概ね母性を母親として、乳幼児の子の親権者は、特に支障がなければ母親にすることが妥当とされてきました。

現在でも、これまで日本で続いてきたように、母親が家事や育児をする家庭は多いですが、男性が家事や育児をする家庭も増えています。ただし、判例による母性への見解もあって、必ずしも母親が乳幼児の親権者になるとは限らないとはいえ、実務上では母親の優先が変わらないようです。

建前上は男女平等なはずだが…

そもそも、身体的・機能的に異なる男女が、子の出産までの関わりや成長過程における接し方の違いが生じるのはどうにもならない一方で、父母がどのくらい子を愛しているかなど、図りようもない尺度だけで親権者を選べるはずもありません。

ですから、建前上は男女の差異を考慮せずに、純粋に子の成育環境を優先とするのですが、それでも親権者の性別を考慮しない時代が来るのはまだ先のことでしょう。

家庭裁判所という公的な機関が、男女を平等に考えないのは問題のように思えても、それが子のためという免罪符があれば別です。結果的に母親(母性)を優先することには、特に乳幼児なら世間一般にも許されている感覚もあります。

もちろん、母親が不適切な育児をしていれば、乳幼児でもそうでなくても、父親に親権を行わせるべきなのは当然で、母性優先は絶対ではなく現況から判断されます。

基準2:子の意思の尊重

親権が子の利益のためにある以上、子の意思を把握し尊重するのは当たり前です。家庭裁判所は、親権者の指定または変更の審判をするとき、子が15歳以上なら陳述を聴かなければならないと定められています(家事事件手続法第169条第2項)。

また、未成年者である子に影響を与える調停・審判では、子の意思を把握するように努め、子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければなりません(家事事件手続法第65条、第258条第1項による準用)。子の意思の把握は、子の陳述の聴取と家庭裁判所調査官による調査で主にされます。

しかし、子が幼くて意思を示せない場合はもちろん、ある程度の年齢になっても真意を明かすとは限りません。それは、両親を共に愛する子が、一方を選ぶことへの罪悪感や、一方から引き離されることへの抵抗と葛藤を感じるからです。

特に子が幼いと短絡的な感情で意思を示しがちで、自分の将来にとってどちらの親と過ごすべきかの判断は、未成年には荷が重いでしょう。同じ年齢の子でも精神的な発育状況には個人差が大きく、子の意思の把握は非常に難しい問題です。

子の意思表示は10歳程度が基準

陳述を聴かなくてはならないのは15歳でも、家庭裁判所の実務では、概ね子が10歳程度に達すれば、意思能力に問題がないと考えられています。したがって、意思を確認できる年齢なら、基本的には子の意思が尊重されます。

しかし、小学校低学年や就学前の幼児では、意思(一方の親と暮らす希望または一方の親への嫌悪)が発言で確認できても真意とは限らず、真意だとしても変わる可能性を考え、子の意思は親権者を決める1要素に過ぎない捉え方をするようです。

基準3:監護態勢の優劣

監護態勢は、前述の父母に関する事情で判断され、劣悪な環境で子の養育がされないように考慮します。普通は、父母のどちらも監護能力を満たしており、監護態勢の優劣が問題になることは多くありません。

典型的には、収入が十分でも子と接する時間が短い親と、子と接する時間が長く収入が不十分な親で、監護態勢の優劣を決めるのは困難です。子の年齢から、幼い子は接する時間を、成長した子は高度な教育のため収入を重視することは考えられます。

明らかに優劣がある例としては、身体の不自由や精神的な不安定さを持病としており、収入を得ることも養育をすることも不十分であれば、健常で収入の確かな他方の親を親権者とするのは、常識的に考えて普通です。

この場合、子が持病のある親を慕っていても、それだけで養育できない親を親権者とするのは、子の福祉からは良くないと判断されるでしょう。

これが、持病のある親であっても祖父母が療養を支えており、親と祖父母で十分な監護ができれば、子の意思を尊重して親権者になることも十分あり得ます。つまり、監護態勢は父母本人だけではなく、取り巻く環境も踏まえて総合的に判断されます。

基準4:現状維持の優先と奪取の違法性

親権者の指定や変更で子の監護環境が変わる場合は、子に与える影響を考慮しなくてはなりません。乳児への影響は小さく、高校では学区を超えた交友関係になっていくので、15歳以上の子も比較的影響は小さいものです。

対して幼稚園から中学校、とりわけ小学校では子に与える影響が大きく、慣れ親しんだ友人との別れを、親の都合で強要するのはあまりにも酷でしょう。この点は個人差もありますが、新しい環境に子が馴染めるかどうかも予測できません。

したがって、新しい環境が優れていると判断できる明確な事情がなければ、基本的には現状維持が優先されます。しかし、常に現状維持を優先すると、子を連れ去って監護の実績を積むだけで有利になってしまうため、奪取の違法性が考慮されます。

違法性が高い子の奪取は容認されない

監護者に指定されていない親が、実力行使で子を連れ去る、面会交流時に子を拘束したまま返さないなど、法的な違法性はもちろん、父母の協議による信頼を裏切るような行為は、親権者としての適格性に欠けると判断されます。

これは、既に子が奪取者との生活に馴染んでいても関係なく、信用できない人間に親権を与えてしまうと子の将来に不安を残すため、現状維持の優先が崩れます。

ただし、違法性が高いとはいえ、奪取されてから相当長く維持されていると、子への影響も大きいことは当然に考慮され、子の意向も当然関係してきます。

基準5:兄弟姉妹の不分離

年齢が近い兄弟姉妹は、お互いが最も身近な存在で共に成長していく性質上、一緒に暮らすことは人格形成上において非常に重要だと考えられています。

したがって、特別な事情がなければ、兄妹姉妹が別れて暮らすように個別の親権者を決める事例は多くなく、親権者を別にしてさらに特定の子の監護者を定め、兄妹姉妹が一緒に暮らせるようにするケースも極めて異例です。

しかしながら、兄弟姉妹の不分離は、幼児期や学童期において影響が強いとされ、自分で物事を判断できる年齢になるとそれほど重要視されない傾向です。

乳児と高校生など、兄弟姉妹の年齢が十分に離れていると、例えば乳児は母性優先の原則から母親が親権者、高校生は自らの意思によって父親が親権者という分け方はそれほど不思議ではなく、子への影響も小さいので許容される範囲でしょう。

基準6:面会交流への姿勢

自分が親権者になるとして、他方の親と子の面会交流に協力的であるかどうかは、親権者の指定や変更において判断基準の大きなウェイトを占めます。もちろん、相手が子を虐待するなど、面会交流を拒絶する正当な理由があれば別です。

たとえ父母に感情的な争いがあっても、面会交流は子のためと自分に言い聞かせ、相手を尊重する姿勢がなくては親権者として不適格で、別居親と子の関係性も、子に成長にとっては大切なのです。

親権者指定調停や親権者変更調停で親権を勝ち取るには、とにかく「子のために」面会交流に協力する姿勢を見せることです。むしろ他方の親に嫌悪感があることは、余計に子のためであると強調する材料にもなるでしょう。

面会交流に非協力的だと、やがて子の連れ去りに発展しやすく、家庭裁判所は面会交流が確実に担保できる親権者を選びたがります。

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